松重豊さんに聞く「日本の食と農」 丁寧さ、物作りに不可欠
日本は、いただきますの国。ご飯、野菜、お肉……。命をいただくと感謝してから食べる姿勢は、誇れる食文化の一つだと思う。世界から日本の食が支持されている背景には、「いただきます」に共感が広がっていることもあるのではないか。農家が育てた野菜は、最終的に誰かの口の中に入り、身になる。僕らも作った人に対し、感謝の気持ちで手を合わせる。 日本の食文化は海外からも憧れられている。いまだに日本が長寿の国でいられるのは、生産者ら作り手の努力のおかげだとも思う。 映画「孤独のグルメ」を作るきっかけがコロナ禍だった。お世話になった飲食店が苦境に立たされ、飲食店の人たちが元気になれるような作品にするという使命感が、間違いなくあった。だから、飲食店を再生するストーリーにしたかった。そして夫婦が手を携えるという流れに、どこか意味を与えられるような作品にしたかった。 誰もが持っている記憶の中のごちそうを、もう一回味わうことができないだろうかという食のストーリーは、いろんな人が共感できるはず。ファストフードではなく、記憶の中のごちそうを求めることは、今は失われた大切なものを探すことでもある。 食べ物は、出されている瞬間だけじゃない。種をまくところから、その前には土を育てることから物語は始まっている。農家が種をまいて収穫して、それをおいしいと食べる人がいる。その文脈をきちんと描くことを映画でやりたかった。そこを農家や農業に携わっている人も見て、感じてほしい。そして食べる人まで意識をつなげてくれたらうれしい。 今はインターネットの情報があふれている。どこの誰が書いたものかも分からないのに、それに惑わされる時代になってしまった。だから、僕は死ぬまで新聞を取り続ける。新聞から得られることは、僕にとっては本当に大きい。 日本人は失われた30年といわれる時代を経て、あらゆるジャンルで自信を失ってしまった。安易な道に進むと転落するのは一瞬だ。だからこそ、もう一度、一から構築して物作りに励むことが必要なんじゃないか。農業も、僕らのエンタメ業界も、間違いなくその丁寧さが求められると思う。 自分たちの自信を取り戻すために、基本をもう一度おさらいして、丁寧に丁寧に仕事をすることに尽きる。それが、ロックな生き方だと思う。 (聞き手・岡田健治、尾原浩子)
日本農業新聞