「アウシュヴィッツは空から降ってこない」――日常の延長線上にある「悲劇」を知るために最適の書
死と隣り合わせの過酷な労働を乗り越え、3つの強制収容所を生き延びた少年の奇跡の実話『アウシュヴィッツの小さな厩番』が話題になっている。著者はドイツのケルンに生まれたハインツ・アドルフ・オースター(後にヘンリー・オースターと改名)。幸せな日常が、ある選挙の日を境にゆっくりと変わり始め、やがて山肌を転がり落ちる巨石のようにスピードを増し、ホロコーストにまで至る様を少年の目を通して克明に描いている。ドキュメンタリー番組の取材でアウシュヴィッツを訪れた後、本書を「貪るように一気読み」したというジャーナリストの清水潔氏は、イスラエルが批判されている今こそ本書を読んでほしいという。 *** 「アウシュヴィッツは空から降ってこない」。 今年6月、テレビ番組取材のために訪れたアウシュヴィッツでこの言葉の存在を知った。かつて収容されていた人物が発したものだが、正直、最初は私にはピンと来なかった。しかし帰国後に出会った一冊の本によりこの言葉の深意に触れることができた。『アウシュヴィッツの小さな厩番』(新潮社)である。 著者のハインツ・アドルフ・オースターはドイツの都市・ケルンで生まれ育ったユダヤ人だ。一家はドイツ人として幸せに暮らしていたのだが、1933年、彼が5歳になる年に行われた選挙により社会は変貌していった。ヒトラー政権が誕生し、ラジオからは彼の演説が流れはじめ、鉤十字の赤い旗が配られたという。翌年、ハインツ少年は何かがおかしいと感じる事態に直面する。小学校に初めて登校した日、ヒトラー・ユーゲント(ナチ党の青少年組織)とその下部組織の子どもたちから襲撃を受けたのだ。ユダヤ人学校の生徒を狙ったものだった。 そして39年にはドイツが第二次世界大戦を巻き起こす。隣国ポーランドへ侵攻し大勢のユダヤ人を迫害していった。ハインツ少年が12歳の時、オースター一家はポーランドに作られた「ゲットー」という収容エリアに強制的に送られる。街の一角を塀で囲みユダヤ人を押し込んだのだ。しかも一部屋に21人が押し込められ、食料は乏しく、伝染病が蔓延した。家も仕事も失った父親は体調を崩して死亡する。そして翌年、ナチス親衛隊が「最終的解決」としてユダヤ人虐殺を加速させるために作った施設が絶滅収容所・アウシュヴィッツだった。ハインツ少年と母親はそこに送られたのだ……。 はじまりは小さな差別だった。それを権力者が利用し、国民が見逃し、あるいは迎合すれば、あっと言う間に社会は傾き、大量殺人にまで転がっていく。本書を読むと、そのことがよく分かる。 「アウシュヴィッツは空から降ってこない」という言葉はそういう意味だった。