第15回光州ビエンナーレレポート。ニコラ・ブリオーが指揮、人間と環境との関係性を問う人新世のアート
「歩いて入れるオペラ」というコンセプト
前置きが長くなったが、ブリオーの近年の関心を前提に、ビエンナーレのハイライトをお届けしたい。今回の「パンソリー21世紀のサウンドスケープ」というタイトルにあるパンソリとは朝鮮の伝統的民俗芸能であり、ひとりの歌い手が太鼓のリズムに乗せ、独特の節回しで喜怒哀楽を語り演じるもので、「朝鮮オペラ」とも呼ばれる。このパンソリを冠した本展は、近年ブリオーがよく用いる音楽用語が章立てに使われ、音/音楽が空間を満たす「サウンドスケープ」としての世界を描き出す。 ギャラリー1、2は「フィードバック効果」という章。入場してすぐの通路には、ナイジェリア出身のエメカ・オグボ(Emeka Ogboh)によるラゴスの街路や市場の音を用いたサウンドインスタレーションが響き、鑑賞者はそこを通り抜けて展示室へと向かう。 ドイツ・フランクフルト出身のミラ・マン(Mira Mann)は楽屋にあるような鏡と電球のセットにいくつかの写真や物を配置したインスタレーション《objects of the wind》(2024)を発表。朝鮮半島に古くから伝わる伝統音楽プンムル(農楽)をモチーフに含む本作は、ドイツに移住し働いた韓国人看護師に捧げられた記念碑。1966~73年にドイツの看護師不足を補うため誘致された1万人以上の韓国人女性の存在に言及する。 ブリオーはステートメントで本展を「歩いて入れるオペラ」と評しており、これらの作品からはこのコンセプトを実感できる。 フィードバック効果(またはラーセン効果)とは、2種類の音の発信源が近すぎる場合に生じる現象で、ブリオーは現代的な時空間を『フィードバック効果/ラーセン効果』によって構築されたものとして記述できないかと考えていると過去に語っている。昨年のインタビューだが引用したい。 「グローバルな空間は縮小し、狭小になりつつある。たとえば、野生動物には生息できる空間がこれ以上なく、人間は彼らにどんどん接近しています。何もかもが近づき続けているんです。これが、私が視覚的ラーセン効果と呼ぶものの起源であり、耳障りな音と耳障りなノイズを生み出していて、現代アートやこの時代の視覚文化に頻発しています。距離の欠如、距離の消滅です」(*2) このような現代の風景として、会場2階には自然の工業化という問題に取り組む作品が並ぶ。