「両親がやっていた店の復活」「ふるさとを盛り上げたい」。人との「縁」に誠実に向き合ってきた若大将が巣鴨に居酒屋を立ち上げるまで【店主の休日】
連載【店主の休日】第5回 「八戸酒肴処居酒屋 はら匠」原辰徳さん 客たちの心を癒す天国のような飲食店。そんな名店を切り盛りする大将、女将、もとい店主たちは、どんな店で自分たちを癒しているのか? 店主たちが愛する店はきっと旨いだけの店じゃない。 【写真】臭みなんて一切ないハツ刺しとレバ刺し コの字酒場探検家、ポテサラ探求家などの肩書きで知られ、酒と料理をこよなく愛する文筆家の加藤ジャンプ氏が、名店の店主たち行きつけの店で、店主たちと酒を酌み交わしながらライフヒストリーを聞く連載「店主の休日」。 そこには、知られざる店主たちの半生記と、誰しもが聞きたかった人生のヒントがある......。 * * * ■待ち合わせの相手は、ハラタツノリさん その日、私は原辰徳さんと東京・練馬区にある西武池袋線富士見台駅前で待ち合わせた 。 もう一度言うが、待ち合わせの相手は、ハラタツノリさんである。 「もう、年中いじられてますよ」 と、いつも原辰徳さんは、頭をかく。原辰徳さんは、トゲ抜き地蔵で有名な豊島区巣鴨にある居酒屋「はら匠」の若大将だ。店は父親とふたりで営んでいる。そういうところも、東海大相模時代の原辰徳感がある。 2019年に開業した「はら匠」にはじめて寄ったのは、たぶん開業から間もない頃だ。 「本日のわんつか盛り」という一見なんだかよくわからないメニューに心惹かれて注文したところ、小鉢がたくさんやってきた。サバの燻製にしたのや、ササゲという野菜の炒めもの(これがおそろしく後を引く)、長芋のなにか(薄れているが、旨かった記憶だけははっきりしている)......。何品だったか忘却してしまったが、ひとつひとつ丁寧にこしられられたのがよくわかる、素朴なのに繊細な味わいで、旨くて、当然ながら、腕利きの酒泥棒ばかりなのであった。聞けば、八戸の、普通の家で食べる料理をイメージしてセットにしているというではないか。 なぜ八戸? 実は、お店の名前は正しくは「八戸酒肴処居酒屋 はら匠」という。つまり、原さんの店は、全面的に八戸主義の店なのである。当然のように、原辰徳さんは青森県八戸市の出身で、父親とふたりでこの店を切り盛りしている。開業から半年もたたずにコロナ禍に飲み込まれたが、しっかり生き抜いて、今や連日大盛況である。 肉、肴、野菜、なんでも揃っているが、そのどれもが、ちょっとほかの店とは違う旨い一品にしあげてある。そうした料理のベースには青森の郷土料理があるのはいうまでもないのだが、それとは、また違う、ちょっと洒落たエッセンスが随所に見られる。刺し盛りひとつとってみても、鮮度の良さはいつも感心してしまうし、盛り付けも、飲兵衛の心をつかむ。一切れの刺身が「いちばん酒に合いそうに見える角度」で盛られている。そういう抜かりない心配りが、すべての料理に行き届いている店だ。 旨い料理にくわえて原さん父子のホスピタリティが店全体を覆っている。そして店内は、青森の郷土玩具やサッカーJ3で奮闘するヴァンラーレ八戸のポスターがでかでかと貼られていたりして、てらうことなく「青森推し」だ。この店に行って飲み食いしたら、いきなり青森にフォーリンラブ。そんな居酒屋である。
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