日本と欧州、NATOで抑止を強化する
有事シナリオにおける欧州とインド太平洋
ただし、欧州とインド太平洋の間の安全保障関係強化には懐疑的な声もある。軍事的アセットが地域間で「取り合い」の構図になってしまうというのである。米国はロシアではなく、より大きな挑戦である中国への対応に傾注すべきだとの主張が主に米国で聞かれるほか、日本でもそれを期待する声がある。 実際、こうした地域間の優先順位やトレードオフに関する問題は深刻である。武器弾薬の製造能力が米国でも逼迫(ひっぱく)し、ウクライナへの支援を継続する結果、米軍の武器弾薬の在庫レベルが低下していることは、インド太平洋での有事を考えれば懸念すべきである。 さらに、台湾で米軍が直接関与するような有事が発生した場合、米国は、さまざまなアセットを、欧州を含めた世界各地から引き抜き、インド太平洋に集結させる必要が生じる。欧州のNATO諸国は、台湾有事に自らがいかに関与するかを考える前に、インド太平洋への大規模派遣による米軍の穴をいかに埋められるかが喫緊の課題になるはずである。こうしたシナリオを、NATOの防衛計画に入れて対応を進める必要がある。 ただし、この問題は両方向である。仮に、たとえばバルト諸国がロシアに侵攻されるような事態が発生すれば、NATO防衛のために米軍の大規模展開が必要になる可能性が高い。そうすれば当然、インド太平洋における米軍の態勢も影響が避けられない。お互いさまなのである。日本やその他の米国の同盟国は、この点を考慮しておくことが求められる。 欧州が主として大陸であるのに対して、インド太平洋は基本的に海洋であるため、必要となるアセットが完全に重なるわけではない。しかし、情報収集・警戒監視・偵察(ISR)のための各種航空機や無人機、水上艦艇や潜水艦、防空システム、ミサイルなど、欧州とインド太平洋の両方で必要となる装備は少なくない。加えて、米国でもそれらは不足しがちなのである。
いかに抑止を強化するか
こうした現実を踏まえ、日本とNATO──さらには、オーストラリアや韓国といった、インド太平洋地域の米国の他の同盟国を含めて──にまず求められるのは、一方の地域における、米軍の関与が必要となるレベルの有事の発生が、他方の地域にいかなる影響をおよぼすのかに関する、徹底的なすり合わせである。それに基づき、決定的に重要な装備が不足しないような方策を練る必要がある。 この備えこそが、地域を超えた抑止の基礎になる。特定の装備を地域間で「取り合う」のではなく、影響を抑え、可能な際には補完し合う体制を構築することが求められている。NATOと日本、オーストラリアなどは、そうした体制づくりの基盤になる。 日本とNATOとの間で従来からおこなわれているさまざまな実務協力は、引き続き重要だが、地域を超えた抑止の強化をいかに進めるかという課題においてこそ、両者の関係が最も必要とされ、また試されることになる。目標を高く持ち、抑止を見据えるときだろう。 (2024年8月26日脱稿)
【Profile】
鶴岡 路人 慶應義塾大学総合政策学部准教授。専門は国際安全保障、欧州政治など。1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。同大学院法学研究科修士課程などを経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号(PhD)取得。在ベルギー日本大使館専門調査員、防衛省防衛研究所主任研究官などを歴任し2017年4月から現職。著書に『模索するNATO』(千倉書房、2024年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、『EU離脱』(ちくま新書、2020年)などがある。