日本と欧州、NATOで抑止を強化する
中国、北朝鮮へのNATOの危機感
他方のNATOがインド太平洋に関与する理由も明確である。欧州を含むNATO諸国の安全保障が、インド太平洋地域での出来事に影響を受けるからである。しかもその度合いが高まっている。いくら対ロ抑止・防衛態勢の強化に忙殺されていても、自らの利益のために、インド太平洋を無視することができなくなったのである。これは、2010年代後半から徐々に進んできたプロセスである。端的にいって、欧州の対中認識が厳しくなった。 こうした認識がさらに変化したきっかけが、ロシアによるウクライナ全面侵攻だった。当初、ロシアと中国の協力は漠然とした懸念だったといえるが、戦争が続く中で、中国による半導体などの対ロ輸出がロシアの兵器生産を支えている実態がより顕著になった。加えて、北朝鮮が大量の砲弾やミサイルなどをロシアに供給していることも明らかになった。 そのため、24年7月のワシントンでのNATO首脳会合文書は、中国はロシアの戦争における「決定的な支援者(a decisive enabler)」になったとし、NATOに対するロシアの脅威を中国が高めているとして、強い懸念と反発を表明した。そして同文書は、北朝鮮の対ロ武器輸出を「強く非難」している。 ロシアと中国、北朝鮮との連携強化が、NATOに対する具体的な問題として浮かび上がったのである。結果として、NATOとしてインド太平洋に関与することの必要性が上昇することになった。
欧州各国のインド太平洋への軍事関与
そして、2024年は、ドイツ、イタリア、フランス、スペイン、英国、オランダなどが相次いで海軍艦艇や空軍の戦闘機や輸送機を日本に派遣することになった。特に6月から8月にかけては、まさに「欧州来訪ラッシュ」といえる状況になった。 第1の特徴は、海上戦力と並ぶ航空戦力の展開である。従来、欧州諸国のインド太平洋展開で中心的な役割を担うのは海軍だった。艦艇は遠方に展開しやすいアセットだが、規模の小さな欧州各国の海軍にとって、数カ月から半年にもおよぶインド太平洋展開は大きな負担である。そこで、存在を増しているのが空軍である。 空軍も、戦闘機を展開するには、途中の行程を支える空中給油機や、必要となる整備のための要員や部品などのための輸送機が必要になり、戦闘機のみで気軽に展開できるわけではない。それでも、数日でインド太平洋に到達できる機動力は侮れない。実際に有事の際の対応を考えると、情報収集や自国民保護などの観点で、艦艇よりはまず航空機を派遣する可能性の方が高い。その必要性と能力は、仏領ニューカレドニアで24年5月に発生した暴動に対して、フランスが戦闘機と輸送機を緊急派遣して対応にあたったことですでに証明されている。 第2に、各国の派遣部隊がより実戦的なものになっている。海軍艦艇の派遣の場合、最初は、いわゆる「親善訪問」や「親善訓練」という位置付けになることが多いが、回を重ねるごとに、より中身が増していく。例えば台湾有事や朝鮮半島有事を念頭においた能力の確認という要素も含まれるようになる。フリゲート艦に加えて、空母や強襲揚陸艦の派遣も目立っている。 問題は、こうした欧州諸国のインド太平洋地域への軍事的関与を日本がいかに「活用」できるかである。欧州諸国に対して、「インド太平洋の安全保障に関心を持つように」と、長年にわたって働きかけてきた日本にとっては、まさに千載一遇の好機で、言葉は悪いが、「鴨がネギを背負って来る」ようなものである。にもかかわらず、欧州側ではなく日本側の事情で、より真剣で高レベルの共同訓練ができないとすれば大きな損失だといえる。 加えて、欧州諸国の海空軍がインド太平洋という遠方への展開でさまざまな経験を積み、それを能力向上に生かしているとすれば、その内容には日本も関心があるはずだろう。さらに、日本としても、同様の展開をできる態勢を構築することが、地域における有事対応にとっても重要である。