タイのスタジオと日本がコラボ Netflixシリーズ『Tokyo Override』が指し示した“可能性”
タイでは空前の「日本ブーム」が起きている?
ちなみに、いまタイでは空前の「日本ブーム」が起きていると言われている。日本への観光客数が増加し、タイのリゾート地バンセーンでは、日本の街を再現した施設が人気を得ているという。これは、コロナ禍による「ステイホーム」の時期と配信サービス拡充という条件が重なり、日本のアニメ作品が観られる機会が増え、日本自体への興味が大きくなったからだといわれている。その意味では、本シリーズの制作のタイミングはグッドだったと考えられる。 そんな一種の“憧れ”が投影されているようにも感じられる、本作の近未来都市「東京」の姿は、テクノロジーによって全てが“最適化”された場所として描かれている。都心部では歩道を足で歩くことなしに好きな場所へと移動でき、道路は信号を使わずに車やバイクがスムーズに行き交うシステムが構築されている。本シリーズの目玉といえるバイクのデザインは、「YAMAHA」や「HONDA」とのコラボによるものだ。 そして本シリーズの中心的魅力となるのは、ときに法律に反し警察に追われてまで、バイクを駆って東京の人々を助ける若者たちの活躍だ。ティーネイジャーながら凄腕のハッカーでもある主人公カイは、なりゆきでそんな義賊のようなバイカーの集団の仲間になっていく。電子制御された道路にはセキュリティが張り巡らされているが、ハッキングによって“壁”を壊すことで、バイカーたちは自由に東京を走ることができる。 キャラクターや街並みがデジタルで表現されながらも、バイカーたちが疾走する見せ場では、日本の漫画のような「スピード線」や「衝撃マーク」が登場するところが面白い。また、キャラクターデザインはクレイアニメーションのような独特の質感と、あえてフレームレートが低く設定されているように感じられる、カクカクとした動きが印象的だ。それは、人工的な背景とアナログ的な人間くささを持ったキャラクターを対比したいかのようである。 アメリカの子ども向け作品と類似した雰囲気を持ちながら、ドラッグ問題や移民問題、貧富の差など、都市の持つ“表と裏の顔”を題材としているところは、配信作品らしい意外に大人向けの作品だといえる。大友克洋作『AKIRA』において「健康優良不良少年」であるところの若者たちが、管理社会のなかでバイクを駆り自由を感じようとしているところは、同作へのオマージュであると考えられ、テーマを共有している部分でもあるだろう。 本シリーズは、「シリーズ作品」といっても、1話30分未満、6エピソードという構成で、“長めの映画1本分”といえるボリュームである。1日でサクッと観てもいいし、1話完結のシリーズとしてこまめに観てもいい。原作つきではないオリジナル作品としては、ある意味で“お試し”として楽しめる手軽さにとどまっている。その作品に適切な尺と話数を調整できるという意味では、配信サービスならではの柔軟性を享受しているといえよう。 とはいえ、話題沸騰といえるほどの衝撃を持つには至っていないとも感じられてしまう本シリーズ『Tokyo Override』ではあるが、アニメーションの完成度の高さと、タイのスタジオと日本のコラボでこのような作品が生み出せるという事実には、素直に驚かされるところだ。今後、このような繋がりのなかで、さらなる成功作が生まれる可能性は十分にある。 日本のアニメーション業界は、スタッフへの待遇の悪さが社会問題とされたり、なかなかオリジナル作品が作られる状況にないなど、世界的に注目されているにもかかわらず制作事情の点では厳しさを増しているところがある。そんななか、海外とのコラボや新たなタイプの監督の出現など、業界の慣習や枠組みとは異なるところから優れた作品が出てきたことは、今後あらゆる可能性を広げていく意味で、喜ばしいことだ。そういう観点において、『Tokyo Override』の功績は非常に大きいものだったと考えられるのである。
小野寺系(k.onodera)