麻薬戦争や国連脱退発言「フィリピンのトランプ」過激な政策は真意なのか?
2か月で約1800人が殺害されたとの報道も
「お前を処刑する。必ずお前を殺す」 就任から間もない先月15日、ドゥテルテ大統領はダバオ市にある麻薬取締局に実業家のピーター・リム氏を呼びつけ、テレビカメラが回る中でリム氏を恫喝した。その1週間前に国営テレビで行った演説の中で、ドゥテルテ大統領はリム氏を名指しで攻撃し、「飛行機のタラップから降り立った瞬間に射殺してやる」と豪語していた。セブ島でいくつもの事業を展開するリム氏の裏の顔は麻薬密売人とドゥテルテ大統領は主張したが、15日にダバオに現れたリム氏は同姓同名の麻薬密売人がいて、自身も殺害予告や脅迫などを受けて憔悴していると胸の内を語った。 現在のフィリピンや、ドゥテルテ氏が市長として四半世紀以上にわたって君臨してきたダバオでは、この手の話は日常茶飯事となっている。大統領就任直後、ドゥテルテ大統領は「麻薬密売人を発見し、その場で射殺した警察官には報奨金を支払う用意がある」と発言。後述するが、ダバオで実際に警察官らによって構成された「処刑部隊」が、治安維持目的で麻薬密売人やギャングのメンバーを次々に処刑していった過去があったため、ドゥテルテ大統領の「殺害推奨発言」に恐怖を感じた市民や犯罪者らが保護を求めて全国の警察署に殺到する一幕もあった。 ドゥテルテ大統領就任からまだ2か月足らずだが、すでに1800人以上の犯罪者が国内で警察の捜査中に殺害されたり、変死体で発見されている。警察が通常の捜査方法から大きく逸脱する形で、麻薬密売人やギャングを組織的に拷問・殺害するという話は国内が「麻薬戦争」にさらされていた70~80年代のコロンビアなどでも発生している。過去にブラジルではストリートチルドレンが街の治安を悪化させたり、商売に悪い影響を与えていると判断した商店主らが金を出し合い、警察関係者にストリートチルドレンの殺害を依頼するケースまで発生。殺害に関与した警察関係者らは「死の部隊」という名で恐れられた。南米で過去に発生したケースと、現在のフィリピンでのケースを比較すると、明らかに大きな違いが1つ存在する。ドゥテルテ政権下のフィリピンでは、大統領自らがこういった暗殺を奨励している点だ。 「できるだけ多くの麻薬密売人を殺害し、それによってフィリピン全体の治安を回復させる」というドゥテルテ大統領の考えに対し、国内外の人権団体や国連、さらにはフィリピン国内で社会的に大きな影響力を持つカトリック教会までもが非難を繰り返している。「毒を以て毒を制する」という言葉があるが、ドゥテルテ政権誕生前に行われた世論調査では、過激なやり方を含んだ治安の改善を望む国民が8割を超えていた。しかし、実際に1800人を超える犯罪者の殺害や変死がメディアによって伝えられ始めると、フィリピン国内の空気も微妙に変化する。すでに議会上院がこれらの殺害・変死事件について調査を準備しているとも伝えられ、国際社会もドゥテルテ大統領の人権感覚を疑問視する。 ドゥテルテ大統領はダバオ市長だった2009年、国連人権理事会が発表した報告書の中で、「ダバオにおける私刑を防ぐどころか、それらを公の場所で支持する発言を繰り返している」と名指しで非難されている。90年代の終わりからダバオでは「ダバオ死の部隊」と呼ばれる自警組織が、麻薬の密売人や性犯罪者らを標的に殺人を繰り返し、これまでに少なくとも1000人以上が殺害されている。もともとは共産系ゲリラ組織「新人民軍」出身者によって始められた犯罪者狩りだが、やがて警察関係者らも加わるようになり、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調べでは、2009年までにメンバーは500人を超えたのだという。ダバオの凶悪犯罪は激減したが、その方法に対する批判は多い。