なんと、もったいない…! 多くの人が「カビだらけ」と捨ててしまっていた「ホントの鰹節」…じつは、その「カビ」がいいんです
カビの力でできる「最高の本枯節」
荒節の表面を削って汚れを除き、天日干しで乾燥させてから純粋培養した鰹節カビ(アスペルギルス・グラウカス)の胞子を噴霧し、閉め切った室(むろ)に入れて2週間程度放置してカビを繁殖させる。 カビは鰹の身から水分を吸い出すとともに、カビが生産する酵素がタンパク質や脂肪を分解し、旨味成分のイノシン酸やアミノ酸が生成する。カビをハケで落として日干しして風をあて、再びカビを付けて保存する。 この操作を5~6回繰り返すと中心部から均等に水分が失われ、組織が緻密になって光沢を増し、銘木のように堅くなって、もはやカビもつかなくなる。数ヵ月から1年以上の熟成期間を経て水分が14%程度に減少し、「本枯節(ほんかれぶし)」が完成する。 手間暇をかけた本枯節は叩くとカンカンと澄んだ音がする。荒節とは一味も二味も違うコクと旨味を提供してくれる高級品であり、贈答品として用いられることも多い。 しかし、現代では鰹節削り器を置いていない家庭も多く、せっかくの本枯節がカビの生えた不良品と思われて捨てられてしまうこともあると聞く。なんとも残念なことである。
タンパク質のほか、ビタミンB群も含む「鰹節の成分」
鰹節は75%以上がタンパク質で、グルタミン酸およびイノシン酸などの旨味成分を大量に含むとともに、ビタミンB群に富んでいる。食用として利用する際には、鰹節削り器で削って削り節とするのが伝統的である。 現在では荒節から削り出し、密封パックされた削り節として販売されている。削り節は豆腐や青菜の煮物などの和食全般に使われるが、削り節をたっぷり振りかけたお好み焼きや焼きそばの愛好者も多い。
ほかの出汁との混合で「旨味成分はアップ」する
鰹節のもうひとつの利用法は出汁である。昆布出汁はグルタミン酸が主成分だが、鰹出汁にはイノシン酸が大量に含まれるので、相乗効果により旨味がいっそう引き立つ。これが食材の旨味を絶妙に引き出すので日本料理には欠かせない出汁である。鰹節を使いこなしてワンランク上の和食を楽しみたいものである。 「旨味」については、グルタミン酸ナトリウム、イノシン酸、グアニル酸の3つが旨味物質としていずれも日本人研究者の手により報告されている。グルタミン酸ナトリウムは昆布出汁(だし)、イノシン酸は鰹出汁、グアニル酸はシイタケの出汁の主成分であり、いずれも日本料理の基本の出汁食材である。 ---------- 日本料理の基本の出汁食材と旨味成分 昆布:グルタミン酸ナトリウム 鰹節:イノシン酸 シイタケ:グアニル酸 ---------- 旨味物質はアミノ酸と核酸で、細胞を構成する必須の成分であることから、旨味は「身体を作る基となる味」である。 訓練を積んだモニターによる官能試験から、少量のイノシン酸またはグアニル酸を混合すると、グルタミン酸の旨味が最大で10倍以上に増強されることが見いだされている。旨味成分に相乗効果が生じるメカニズムは不明だが、日本料理には昆布出汁と鰹出汁の合わせ出汁をとることにより旨味を引き出す技法がある。旨味をとことん追求した職人が編み出した技術に改めて敬意を表したい。 ---------- 日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密 ----------
中島 春紫(明治大学教授)