伝統的な自動車メーカーがEV販売に苦戦する理由と「安価な中国製EV」の脅威
求められる低価格EV
■求められる低価格EV 伝統的な自動車メーカーは、自社の同クラスの内燃エンジン車の代替としてEVを選ぶように顧客を説得することに関して、さらなる大きな問題を抱えているようだ。メルセデス・ベンツの場合、同社のEVは非常に効率的で未来的に見えるにもかかわらず、販売面ではそれほど順調とは言えない状況が続いている。 同社は2023年に米国で35万1746台の新車を販売し、EVの販売台数は2022年比で248%増加したが、それでも新車販売台数全体に占めるEVの割合は15%に過ぎない。その原因の一部は、車両価格の差にある。例えば、メルセデス・ベンツの高級EVセダン「EQS」の英国での価格は10万5610ポンド(約2020万円)からだが、化石燃料で走る「Sクラス」セダンの価格は9万3920ポンド(約1800万円)からだ。内装も内燃エンジン版Sクラスのほうが豪華だという意見もある(日本ではEVの「EQS 450+」が1563万円から、それに性能が近いディーゼルエンジンを搭載する「S 450 d 4MATIC」は1518万円から)。 英国はそれでも、欧州の中ではEVの割合が多いほうだ。メルセデスが英国で販売した新車の22.5%がEVだったが、さらにうまくやっているブランドもある。同じドイツのBMWは2023年に米国における販売の19.5%をプラグインハイブリッドとバッテリーEVにシフトさせたが、英国では全販売台数の25%がバッテリーEVだった。 より安価なEVも、いくつかの欧州ブランドから発売される。ルーマニアの自動車メーカーでルノー傘下のダチアは「スプリング」というコンパクトEVを間もなく英国に導入する。フォルクスワーゲンは手頃な価格の「ID.2all」をコンセプトカーというかたちで発表したが、市販化は2025年になる予定だ。
中国メーカーの脅威
■中国メーカーの脅威 問題は、伝統的な自動車メーカーがより低価格なEVの投入を急がないと、中国の会社が参入してその隙間を埋めてしまうということだ。BYDはその最右翼となるだろう。ウォーレン・バフェットを投資家に持つ同社は、すでにテスラを抜き生産台数で世界最大の「新エネルギー車」メーカーとなっている。 BYDのコンパクトハッチバック「ドルフィン」は、英国では2万5490ポンド(約490万円)からだが(日本では363万円から)、中国国内ではわずか240万円ほどだ。2024年モデルは中国では約210万円まで下がった仕様が追加されたが、バッテリー容量は3分の2に減る。BYDの「秦 (Qin) Plus EV」はテスラ・モデル3の競合車であり、中国では109800元(約230万円)からという価格で買える。 かつて英国の自動車ブランドだったMGは、すでに欧州市場へ大いに進出している。同社の「MG4」は欧州で4番目、英国では2番目に売れているEVであり、その販売台数はテスラ・モデルYの60%に達する。MG4の価格はBYDドルフィンと同程度からとなっている。 筆者は昨年、ジーリー(Geely、吉利汽車)のEVブランドであるZEEKR(ジーカー)と、同じく中国メーカーのXPENG(小鵬汽車、シャオペン)のEVを運転したが、非常に信頼性の高いクルマだった。これらのメーカーは、欧州市場に参入し、欧州ブランドと同等の高級な車両を、より安価な価格で提供している。NIO(上海蔚来汽車、ニオ)も待ち構えている。欧州の自動車ブランドでも、このクラスの低価格なEVは、スマート#1やボルボ EX30のように、その多くが中国で製造されている。 これらの企業の中国内における現地価格を見れば、欧州や米国の伝統的な自動車メーカーに価格で差をつける余地は十分にありそうだ。中国製のバッテリーは米国製より11%、欧州製より26%安い。もちろん、中国製EVが米国や欧州に輸入される際には、多額の関税が課せられるので、北米や欧州の市場はいくぶん保護される。 しかし、伝統的な自動車メーカーがEV戦略にもたつき、手頃な価格帯のモデルを投入するにはまだ数年を要するうちに、中国製EVが入り込むチャンスは大いにある。EVの販売が伸び悩んでいる理由は、おそらく、人々がEVを欲していないからではない。価格がまだ高すぎるのだ。伝統的な自動車メーカーがEVの価格を下げない、あるいは下げられないのであれば、中国企業が代わりにより安価なEVを投入し、販売を伸ばし続け、利益を刈り取っていくだろう。
James Morris