やはり政治が悪い、古い人は自ら退くべきーー忖度しない経済作家、高杉良が語る日本
「あなたの顔だって、実はよくわからない」
この春、新刊『破天荒』を発表したばかりの高杉だが、これが人生最後の長編作品かもしれない。以前から加齢黄斑変性に悩まされていたが、ここ最近、視力がめっきり落ちた。執筆を続けるのは、ちょっと難しいかもしれないね、とつぶやく。 「今、机の向こうで話しているあなたの顔だって、実はよくわからないんだ。原稿用紙も、最初の書きだしがいけない。拡大鏡で大きくして、ようやく。最初の1行だけ書いたら、あとはなんとなく書けるんだけど」 自宅へ伺うと、リビングには大型テレビのすぐ目の前に、専用のチェアが置いてあった。 「近いでしょう。でも、これくらいの距離じゃないと、テレビも見えないんだよ。最近はあまり執筆もできないから、ここでテレビを見たり、体調のいい時は散歩したりして過ごしているよ」 大作家の自宅というと、そびえ立つ書庫、資料と原稿の山に埋め尽くされているというイメージだが、高杉の自宅は、どの部屋もすっきりと整っていた。 最近整理をしたのかと尋ねると、高杉は笑った。 「いや、だって僕はさ、もともと、記録しないんだよね。昔から取材ノートなんかも取らない。だからモノは少ないほうかな。原稿も終わったらさっさと捨てちゃうしね」 出版社の名が入った200字の原稿用紙を愛用し、ボールペンで書く。いつもプロットを作らず、頭から一気に書き下ろしてきたという。製図なしでニットを編み上げるかのような高杉の執筆スタイルには舌を巻く。 執筆するのはもっぱら昼間。夜は書かない。 「昔の作家は、それこそ昼間は寝てて、飲んだくれて、夜中に書いてたね。僕は、きちんと朝から夕方まで。だから、長く書けたんだと思う」
記者時代に提示された1000万円
昨年の2月に脱稿したという新著『破天荒』は、高杉自身をモデルに、若い業界紙の記者が数々のスクープで世間を激震させながら、小説家として身を立てていくストーリーだ。高杉の60年以上の歴史を描いたこの作品も、ほとんど記憶を頼りに書き上げたという。 なかでも印象的なのは、主人公の業界紙記者がその情報とコネクションを駆使して、二つのライバル企業に技術提携を結ばせる件。企業側は謝礼金として、主人公に1000万円を提示する。 「成功報酬を約束されていたわけじゃないよ。確かに打診されて、記者としてできる範囲でいろいろ動いたけれど、その後どうなったか知らなかったし、すっかり忘れていたんだ。しばらくしてから、おかげでうまくいきました、1000万円受け取ってくださいって(笑)。さすがに1000万円は多いから、半額でいいよと言って受け取った。確定申告を税務署が来てさ、『雑収入なので税率が違います。所得税150万円すぐ納入してください』って」 磊落(らいらく)というか、ダイナミックと言おうか。ほかにも昭和、高度経済成長期ならではの仰天エピソードが満載だが、高杉は「どれもほとんど事実だよ」と笑ってみせた。 原稿は、ダイニングテーブルで手書きをし、それを高杉の妻がパソコンで文字データにしていく。晩年は、このスタイルで執筆を続けている。自らキーボードに触れることはない。インターネットは、昔も今もまったく利用しない。 「僕はずっと、活字にこだわってきた。パソコンのモニターや映像だけでは、知識の入り方が実感として全然違うと思う。今はSNSを使って、誰でも自分の意見や作品を世界中に発信できる時代。チャンスは多いはずだよね。それなのに、日本全体が、どんどん没個性になってしまっている気がするんだな」