北口榛花 メン・オブ・ザ・イヤー・ベストアスリート賞 ──パリで勝利の鐘を鳴らしたスマイル女王
夢は“KITAGUCHI”メソッドの確立
頂点を極めた北口榛花であるけれど、まだまだチャレンジの途中だと本人は語る。自己ベストは67.38m。アジア記録が67.98mで、世界記録は72.28m。70mを超えるためになにが必要なのだろうか。 「私の一番の強みはしなやかさで、ほかの選手と比べてパワーで上回っているわけではありません。海外では筋力を付ける指導方法が一般的ですが、重力だったり身体の動きの推進力だったりを活かして、パワーに頼らずに投げられる方法があると思っています」 つまり北口榛花は、お手本のない、自分だけのスタイルを確立しようとしているのだ。 「室伏広治さんにしろ為末大さんにしろ、日本人で陸上競技のトップ選手として活躍した方は、海外で学んだメソッドを自分流に落とし込んでいます。たとえば室伏さんには、いまでも“MUROFUSHI”と呼ばれている練習方法があります。そこまでやったからこそトップに立ち続けていられたわけで、自分もその水準でやらないといけないと考えています」 となると、“KITAGUCHI”という練習方法が生まれる可能性がある。そう伝えると、「まだ室伏さんほどの知名度はないので、もっとがんばらないと命名権は取れそうにないですね(笑)」と明るく笑った。 女子やり投げの世界記録保持者であるチェコのバルボラ・シュポタコバが引退したのは、41歳のとき。現在26歳の北口はロサンゼルス五輪、次のブリスベン五輪、さらにその次の五輪にも出場の可能性がある。競技人生はまだまだ続くわけだが、それでも引退後のセカンドライフを考えたりはするのだろうか。 「指導者が自分に合っているのかはわからなくて、人に教えることの難しさはすごく感じています。いっぽうで、海外の選手と友だちになったり、やり投げ競技のネットワークはできています。自分が海外に行きたいと思ったときに一番困ったのは、つながりがないということでした。だから、自分のネットワークで人材や練習環境を紹介できたらいいなと思っています。それと、日本には室内の陸上競技場が少ないんですが、海外には室内から外に向かって投てきができる施設があるんですよ。そういうのも作りたいですね」 やり投げは集中力がより試される競技種目である。競技者として心技体で一番大切なのはどれか、という質問には、「体です」ときっぱり。 「どんなに心がやる気に満ち溢れていても、体の調子がよくないと練習も積めませんから。体が元気だと、練習でも試合でも思い切りパフォーマンスを発揮することができます」 北口は心が強いという自己評価なのだろうか。 「う~ん、メンタルが強いわけでもないんです。すぐ泣くし、ゲン担ぎとかルーティンがものすごく多い。たとえば試合の待ち時間に食べるカステラは必ず日本から持って行きますし、試合の靴下はいつも同じです。メンタルは強くないけれど、かと言って、うまくいかないから競技をやめるという選択肢はない。アスリートとして生きていくと決断してからは、コーチがいなくなったり、怪我をしたりがありましたが、調子が悪くても、“やる”が前提。だからモチベーションを上げるにはどうしたらいいでしょうか、みたいに訊かれると、困惑します。この人は本当に好きでそれをやってるのかな、って」 金メダルを獲得したパリ五輪では、「日本語、英語、チェコ語でインタビューに対応したので、どれも中途半端になって名言が残せなかった」と悔やんでいた姿が印象的だったが。 「興奮した状態で淀みなく答えられるほど英語もチェコ語も流暢ではないので、パリでは頭の中で冷静に翻訳する必要があって、良いフレーズが浮かばなかったんです。かと言って、いま、日本語で名言を考えても浮かばないですよね。興奮状態の無意識から発せられる言葉だからこそ、名言になるんでしょうね」 来年の9月に東京で開催される世界陸上競技選手権大会か、あるいは4年後のロサンゼルス五輪か。北口榛花が歓喜の瞬間に発するであろう名言を、楽しみに待ちたい。
Haruka Kitaguchi 1998年生まれ、北海道出身。日本航空所属。幼少期からスポーツ万能で、小学生のときにはバドミントンで、中学に入ると競泳で全国大会に出場した。旭川東高校進学を機にやり投げを始め、高校2年生のときに全国大会を制覇。日本大学進学後、チェコへ渡って指導を受ける。東京五輪は故障のために不調だったが、パリ五輪では見事に優勝を果たす。 PHOTOGRAPHS BY REIKO TOYAMA STYLED BY NATSUKO KANEKO HAIR STYLED & MAKE-UP BY HIROKO ISHIKAWA WORDS BY TAKESHI SATO