【与那原恵氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】『「未来」を発明したサル』人は先見性を持つがゆえに攻撃的になる一面がある
【書評】『「未来」を発明したサル 記憶と予測の人類史』/トーマス・スーデンドルフ、ジョナサン・レッドショウ、アダム・ブリー・著 波多野理彩子・訳/早川書房/2860円 【評者】与那原恵(ノンフィクション作家)
人間のおもな強みは、不確かな未来で待ち受ける未知のことに対処すべく、あらかじめ別の策を考えることだと本書は語る。ほかの動物にはできないことで、よりよい明日を作り出す行為の積み重ねをしてきたというのだ。 そうなのか。自然災害、事故、世界各地の戦争、米大統領選の結果などの出来事にうろたえた私としては、未来を予測する能力をぜひとも身につけたいところだ。本書は進化人類学、認知心理学、神経科学、考古学、歴史学などの最新の知見をわかりやすく、軽快な語り口で展開していく。 「心のタイムマシン」に乗って「心のタイムトラベル」をするという概念が出てくる。それは過去を振り返るとともに未来を想像するという人間に備わった装置だ。かつての失敗を繰り返さないために、いくつかの選択肢の中から最善策を選びとろうとするといい、腑に落ちた。回顧するときも未来に思いを馳せるときにも使われる脳領域はほぼ同じだという。 今を生きるには、脳が次に起こることを常に予測しており、目や耳や鼻などの感覚器官から得た手がかりを使う。また記憶の断片を組み合わせることで過去に経験のない出来事も想像できるのだ。 〈先見性は、ある行動を取ったらどういう結果になるかを私たちに教えてくれる。だが、どういう結果になるべきかを決めるのは、私たち自身なのだ〉。戦争を引き起こせば、どうなるのか。私たちは学んだはずなのに戦争は繰り返される。なぜならば〈人間は先見性を持つがゆえに攻撃的になる〉一面があるからだ。未来の可能性を考えて武器を増やして攻撃に備え、自分から仕掛けたりもする。 だが、過去をどうとらえ、記憶するかは人それぞれ異なり、未来図も異なるのだろう。誰もが穏やかな世界を望むわけではないというのは悲観的か。そして記憶障害に関わる脳の萎縮によって未来を想像する能力も深刻なダメージを受けることが発見された。今日はそんな脳のような指導者があふれる時代なのかもしれない。 ※週刊ポスト2025年1月3・10日号
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