千年後の未来へ 太宰府天満宮のふすま絵完成 日本画家神戸智行さん移住し10年かけ完成
福岡県太宰府市に住む日本画家、神戸(かんべ)智行さん(49)が計24面のふすま絵「千年後の未来」を完成させた。3年後、菅原道真公没後1125年の式年大祭を挙行する太宰府天満宮からの依頼で制作した。要した期間は10年。神奈川県からこの地に移り住み、同宮境内などで積み重ねられた時の流れを梅やクスノキ、生き物など自然を通して表現してきた神戸さん。何が彼の絵心を動かし続けたのだろうか。 完成した「千年後の未来」(部分) 初めてその絵を見る者は身近な生態系の表現の奥深さに驚かされるだろう。例えばチョウが止まる水草の下にザリガニがいて、その下層では魚が泳ぐ…。独特の空気感で描かれた水面下の小世界が眼前に広がる。 奥行きを出す手法は神戸さんのオリジナル。下地に箔(はく)(銀など金属を極薄に延ばした物)を張って彩色し、その上に繊維が見えるほど薄い和紙を張ってまた彩色。交互にそれを繰り返すことで箔の上の和紙が光を柔らかく反射し、不思議な空気感を醸し出している。 その手法で境内など四季折々のクスノキや梅、ハナショウブ、鳥など生き物を描いてきた。梅も昼と夜、地上の白梅と水面に映る紅梅を描き分ける細やかさ。 それにしても10年間、この地で絵と向き合ってきたのはなぜ? 神戸さんは「2008年に米国ボストンで西高辻信宏さん(当時は権宮司)と会い、意気投合したのが原点」と振り返る。「自然との共存」が神道を継ぐ者と日本画家を結ぶ共通のキーワードだった。 文化庁在外研修員として1年間の米国研修後に帰国した神戸さんを、ハーバード大ライシャワー日本研究所留学から戻る信宏さんが10年秋、お宮の神幸式に招待。神戸さんは「自然豊かな境内が気持ちよく、妻と『こんな所で生活できたらいいね』と話しました」。 その願いは、神戸さんの絵に感銘を受けた当時宮司の信良さんと信宏さんから1125年大祭に向け、文書館の一部のふすま絵制作を依頼されて実現する。 同館は1902(明治35)年、1000年大祭記念で境内に建てられた近代和風建築だ。それから125年後の大祭を前にふすま絵を描く大役を任され、神戸さんは「簡単には描けない。しっかり地に根を張り、太宰府、九州をもっと知って描かなければ」と決意。 太宰府に移り住む意を伝えると、天満宮側は快諾。以来、天満宮だけでなく、博多山笠など地元内外の祭事などに顔を出しては地域の人と人、人と自然のつながりを見て来た。「住めば住むほど歴史が深く、学ぶことはたくさんあった」 多様な人間社会のありようを示唆する小さな生き物の営み、自然をモチーフに「千年の時の流れ」を描く。8年をかけ、構想を固めた神戸さんはそれから2年間「集中して三日三晩、飲まず食わずで絵に向かうことも度々」で描き上げた。 だが、終わりではない。新たに文書館大広間のふすま絵32面も描くことで信宏現宮司と合意したのだ。神戸さんの、時を超えた自然を描く日はこれからも続く。 (南里義則) ■■■ メモ ■■■ 神戸智行さんは岐阜県生まれ。2001年に多摩美術大大学院美術研究科博士前期課程(絵画専攻日本画領域)修了。14年に福岡県太宰府市に家族と転居し、10年をかけて24面のふすま絵を完成させる。この間の2019年4月、太宰府天満宮宮司は西高辻信良さんから子息の信宏さんに代替わりした。ふすま絵の巡回展「神戸智行~千年を描く~」が群馬県・高崎市タワー美術館で開催中(6月23日まで)。ふすま絵は、1125年大祭に向けて進む太宰府天満宮本殿の大規模改修が完了する27年に、文書館にて公開される予定。