6回TKOで日本人対決を制した井上尚の狡猾な罠
プロボクシングのWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチが 30日、有明コロシアムで行われ、王者の井上尚弥(23、大橋)が前WBA同級王者の河野公平(36、ワタナベ)を6回1分1秒TKOで破って4度目の防衛に成功した。冷静にチャンスを伺いながら、カウンター一発で仕留める芸術的な試合で、魂をこめて懸命に食い下がる河野の野心を粉砕した。来年は、無敗の4階級王者、ローマン・ゴンザレス(ニカラグア)とのビッグマッチが期待されているが、難問が立ち塞がっているため、バンタム級への転向も検討されている。
ただ狡猾に。 まだキャリア11戦のボクサーは、ガードを固め、そのときをうかがっていた。6ラウンド。河野が前に出てくると、左フックを一閃。河野が大の字になって倒れたのを確認すると、井上は赤コーナーに駆け上がって両手を掲げた。だが、カウントが長く、河野が立ち上がり試合が再開されると、ロープに詰めて連打。右ストレートに河野が崩れると、レフェリーがすぐさま試合を止めた。もう河野は仰向けになったまま、しばらくその場を動けなかった。 「作戦通り。出てくるところへ左を合わせる。誘った」 巧妙な罠を仕掛けてあった。 1ラウンド、井上は、左ジャブを中心に試合をコントロールした。 「ジャブがストレートに感じた。井上とスパーをやった選手が、かすったけで稲妻が走るようだったと聞かされていたが、それほどでもなく、想像していたよりパンチはなかったがスピードがあった」とは、河野の回想。2ラウンドには終盤に左ボディで腰を折らせ、コーナーに帰った河野が「ひじでブロックしたけれど効いた」と、セコンドに漏らすほどのダメージを与え、最初のKOチャンスをつかむが、深追いはしなかった。 「つめようと思ったらつめられたが、無理はしなかった。よく相手を見ていけると思ったところで行こうと考えていた」 3ラウンドにはアッパーから右のストレートがヒット。しかし、魂のファイター河野が、井上の迫力におじけづくこともなく、独特のリズムを刻みながら執拗に前に出て、インサイドにもぐりこみ、右のボディから特意のダブルをかぶせてくる。井上尚はそこに右アッパーをあわせてステップインを緩ませ、鉄のガードで止めた。少し距離を作られると華麗なスウェーで空を切らせる。河野の勢いにコーナーまで押されるシーンもあって、場内に「コウヘイコール」まで起きたが、井上尚は、ある狙いを持って冷静に打たせていたのである。 「ガードしながらパンチの癖や、出方を見ていた」 河野も、それはわかっていた。 「僕が攻めている間もガードの間から見ていましたよね? わかっていました。でもね。当たると考えていたノーモーションの右も当たらず、ボディに右をあわせようとしたけれど、それもうまくいかなかった。もうあそこはいくしかなかったんです。前のラウンドからの流れもあったし、カウンターでやられるならしょうがない、そういう気持ちでいきました」 ラウンドの経過の中で、河野のパンチの軌道やリズム、タイミングまでも見切っていた井上は、6ラウンドに巡ってきたカウンターのチャンスを逃しはしなかった。 試合後、先に会見場に現れたのは、河野だった。声は聞き取れないくらいに小さい。 「負けて言うのはなんだけど、もっと(パンチが)強いと思っていた。でも、スピード、体力、ステップワークはさすがだった。もう一回、井上と? あんまり考えたくない」 勇気ある36歳は、時折、苦笑いを浮かべた。 今後の去就について聞かれると「試合が終わったばかりの今は、それを話たくないんです。前も負けてドン底まで落ち込んで引退を考えたけれど、こういうチャンスをもらって、モチベーションがあがりました。今の気持ちは言いたいのはヤマヤマなんですが。。。。」と答えた。 4度目の防衛に成功した井上尚は、入れ違いで会見に応じて、「思ったよりも圧は感じなかった。サプライズ? なかったですね」と、綺麗な顔をして言った。 元WBC世界バンタム級王者の“カリスマ”辰吉丈一郎が会場にいたので試合の感想を聞く。 「井上君はうまい。アマチュア経験が豊富だし、どっちが年上でキャリアがあるのか、わからないような試合だった。それと、河野君には決定的な問題があった。打つ瞬間にナックルを握っていないもん。あれではパンチはきかないし、逆にパンチを殺すこともできない」。辰吉は、井上が仕掛けた罠を見破っていた。