「アルツハイマー病はもう怖くない」…元脳外科医がそう断言する「まだ誰も知らない」理由
「漢字が書けなくなる」、「数分前の約束も学生時代の思い出も忘れる」...アルツハイマー病とその症状は、今や誰にでも起こりうることであり、決して他人事と断じることはできない。それでも、まさか「脳外科医が若くしてアルツハイマー病に侵される」という皮肉が許されるのだろうか。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 だが、そんな過酷な「運命」に見舞われながらも、悩み、向き合い、望みを見つけたのが東大教授・若井晋とその妻・克子だ。失意のなか東大を辞し、沖縄移住などを経て立ち直るまでを記した『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子著)より、二人の旅路を抜粋してお届けしよう。 『東大教授、若年性アルツハイマーになる』連載第36回 『よりにもよって元東大教授に…散歩中の認知症の夫に子どもが浴びせた「あまりにも残酷な罵声」』より続く
講演活動を終えた理由
こうして私たちは、各地で実に23回も話をすることになりました。 遠出するにあたっては、いろいろな工夫をしたものです。 見知らぬ土地では、晋が十分に休息をとれなくなっていました。そこで日帰りのスケジュールを立てるようになりました。 言葉が出ない本人の代わりに、許可を得てDIPEx―Japanのインタビュー映像を使うこともありました。 話す代わりに歌うようにもなりました。 きっかけは、ある講演の事前打ち合わせで私が、 「主人は最近、よくアメイジング・グレイスを歌うのよ」 と何気なく司会者に話したことでした。すると、 「それでは今日、その歌を披露してください」 ということになったのです。 その日の講演ではまず、インタビュー映像が流され、続いて私が経過報告をし、司会者との対談が行われました。 そして終盤、会場に晋の「アメイジング・グレイス」が響き渡ります。 晋はよく通るテノールで、まるで歌手のように堂々と歌い切りました。
アルツハイマー病を恐れることはない
こんなふうに、本人の言葉数が少ないなら少ないなりに、講演を続ける方法はあったのですが、私たちは2013年を最後にやめることにしました。 いえ、正確には、依頼があっても私が取り次がなくなったのです。尋ねれば、彼は「行くよ」と元気な声で言うに決まっていましたから。 いちばんの理由は、前に書いたお手洗いの問題でした。 用足しのため講演を中座したのは一度きりでしたが、大勢の前で「失敗」する可能性は否定できません。それだけは、忍びないものがあります。 また、自宅で収録したDIPEx Japanのインタビューが、すでにインターネット上で公開されていました。 会場に足を運ばずとも、晋の言葉に触れられる環境ができたわけです。 晋と私が講演でなし得たのは、上手に話ができないことも含め、ただ「ありのまま」を見てもらうことだけでした。 ですが、それだけで「励まされた」と言ってくださる方がいて、その言葉で私たちもまた、励まされたのでした。 アルツハイマー病になっても終わりではないし、ひとりではなかったのです。 医師で大学教授でもあった晋が認知症を公表し、「恐れることはない」というメッセージを残し得たこと、そのことには、ただただ感謝の念しかありません。 多くの人に背中を押され、支えられてやりきれたのだと思っています。 『「先生、歌ってくださいよ!」…落ち着かない認知症の元東大教授を救った意外すぎる「天の声」』へ続く
若井 克子