国家安全保障の要と言えるエネルギー産業、日本の供給体制はなぜ脆弱なのか
政府の経済安全保障をめぐる議論を理解する上で、押さえておくべき概念が、戦略的自律性と戦略的不可欠性である。2020年に自民党がとりまとめた提言では、それぞれ以下のように定義される。 ● 戦略的自律性とは、わが国の国民生活及び社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強靭化することにより、いかなる状況の下でも他国に過度に依存することなく、国民生活と正常な経済運営というわが国の安全保障の目的を実現すること ● 戦略的不可欠性とは、国際社会全体の産業構造の中で、わが国の存在が国際社会にとって不可欠であるような分野を戦略的に拡大していくことにより、わが国の長期的・持続的な繁栄及び国家安全保障を確保すること 前述の事前審査制度は戦略的自律性を追求する「守り」の施策だが、より長期的には、守りだけにとどまらない、攻めの姿勢もあわせて、エネルギーの議論をすることが求められている。 一方で、日本のエネルギー政策を考えるとき、我が国は福島原発事故以後、安定供給の体制において圧倒的に脆弱な状況に置かれていることをまず大前提として理解する必要がある。 地下資源に乏しい日本は、エネルギー資源のほぼすべてを海外からの供給に依存しており、2011年の福島原発事故後のエネルギー自給率は10%前後と一貫して非常に低い。加えて、急速な脱炭素シフトによるエネルギーバランスの偏りや、直近ではロシアのウクライナ侵攻に伴う石油などの禁輸措置、供給不足や価格の高騰などの危機的状況も相まって、周辺環境は依然として厳しい。 2022年3月下旬には、東京電力及び東北電力管内で大規模な電力不足に伴い初めての「電力需給ひっ迫警報」が発令され、ブラックアウトや計画停電が深刻に懸念されるまでの状態に陥った。
本来、エネルギーは経済活動の根幹であり、その安全供給を死守することは国民の生命と財産を守るための最重要事項、まさに国家安全保障の要である。それにもかかわらず、エネルギーをめぐる総合的な戦略はいまだに存在せず、エネルギー安全保障の概念は浸透していない。 また、2030年度までの温室効果ガス46%削減を表明した以上、エネルギー安全保障は気候変動対策とも表裏一体に絡めて、包括的に取り組む必要がある。化石燃料から脱炭素エネルギーへのシフトが国内外から要求される中、バランスをとりながらどのような方策で対応すべきか検討が必要だが、現行の戦略にはその論点は含まれていないようである。 日本のエネルギー産業の脆弱性に対して、経済安全保障の取り組みは国民安全保障政策という全体の安全保障の一環として、整合性を持って追求する必要がある。新たな安全保障戦略に向けて議論が必要な今こそ、改めてエネルギー安全保障のあり方を多層的に考えなければならない。 日本のエネルギー安全保障を改善することは、国内政策としても対外政策としても喫緊の課題であることは間違いない。 どういった道筋で、日本経済がエネルギーにおいて戦略的自律性と戦略的不可欠性を確保することが可能だろうか。経済安全保障の観点からエネルギーを論じることは、従来の取り組みも含めて政策の優先度を上げる意味合いでも、また異なる政策の関連を考える上でも有意義である。 あらゆる経済活動の根幹を支え、国民の生命と財産の安全に直結する財であるエネルギーの安定供給についての目線がなければ、どんな議論も国民にとっては現実味を欠き、理解を得られないかもしれない。 経済安全保障の取り組みを含めて、日本のエネルギー安全保障を改善するためには、今後どのような道筋を描くことができるか。より広い国家安全保障戦略として、どのようなプランが必要か、そうしたことも含めて、今改めて検討すべきだ。
国際文化会館地経学研究所