タコは群れるし夢も見る?知的な海の住人の驚くべき姿―デイヴィッド・シール『タコの精神生活: 知られざる心と生態』
◇みなさんは、タコと聞いて何を思い浮かべるでしょうか。海や水族館で泳いでいる姿か、あるいはお寿司やタコ焼きを思い浮かべるかもしれません。しかしそのタコは、近年では非常に豊かな生態や精神を持っているようであることがわかってきており、なんと群れで暮らしたり、さらには夢を見ている可能性もあるといいます。 そんな驚くべきタコの実態にせまる本書『タコの精神生活』から、訳者あとがきをお送りいたします。 ◆研究者、タコと出会う 本書は、25年もの長きにわたって、タコを研究してきたアラスカ・パシフィック大学、海洋生物学教授のデイヴィッド・シールによる著書である。確かにタコの姿は私たち人間から見て、特異である。腕は8本もあり、頭の上に胴体(外套膜)がある。口は8本の腕の中心にあって、くちばしがある。しかも皮膚の模様が背景にしたがって頻繁に変化する。この私たち霊長類とは似ても似つかない動物の目に著者はなぜか心惹かれる。著者とタコとの初めての遭遇は次のように表現されている。 “彼女の目には私たちが共感できる感情が浮かんでいたが、その目は、骨のない付属器官が付いている不定形で見慣れないぬるぬるとうごめく体から突き出ているのだ。” 海中で生きたタコを見ないことにはこのことに気づかないだろう。感情が浮かんでいるような目を持つタコは、何かを感じているのか。アメリカ人である著者にはタコを食用に捕獲する歴史がないが、著者が住むアラスカには先住民がおり、彼らは習慣的にタコを食用に捕獲していた。その人たちから聞いた話では、昔はもっと多くのタコがいた。そしてもっと大きかった。その大きさは人間にとって危険なほどだった。現在のタコがこれほど小さくなったのは、原油流出事故や気候の温暖化が関係しているようだ。 著者は先住民のおかげで研究用のタコを捕獲することができるようになる。そして、タコの外形の研究はもちろんのこと、タコの内面にも踏み込む。タコに心があるかどうかを証明するために、生態学者らしく小さな事実を重ねていく。タコは食事の後の残骸を巣穴の近くに残すので、それを調べた。その中には、バター・クラムという大きな貝がある。強力な鎧におおわれた守りの堅い貝である。この貝には、タコがこれを攻略しようと工夫をこらした痕跡があった。 “探索する好奇心、最後まで粘り強く続ける恐るべき忍耐力、そして、あるやり方を放棄しても、餌を勝ち取るまでは次から次へとやり方を変えて攻めるという意志をタコは持っている。” ◇ タコと他者の関係 著者は大学の研究室で、タコを飼っていた。恥ずかしがりやでおとなしいタコが、ある日を境に急に積極的に自分を主張するようになった。同じ部屋の別の水槽で飼われていた自分より大きく、乱暴なタコが海に放たれて、その代わりに自分より小さなタコが来てからだという。人間の世界でも、クラスにいる皆から一目置かれているわんぱくな子が転校して、これでクラスが平和に静かになるのかなと思っていると、すぐに次のわんぱくが現れることがある。しかもその子は今まではおとなしい子だったりする。このタコからそのような人間社会の状況を思い出した。 タコは自分に対して優しく接してくれる相手に対しては、姿を見ると、急いでそばに寄ってきて、吸盤を押しつけるような愛らしい様子を見せる。多くのタコはダイバーに対する態度と、捕食者であるアシカに対する態度は全く異なる。著者はタコに感情移入するのではなく、タコの残酷な面についても冷静に観察している。タコは共食いをする。自分よりずっと体の小さな同類を捕獲して食べたり、大きなメスが交接中に体の小さなオスを襲って食べたりする。これもタコの持つ実際の一面である。タコは単独で棲み、行動する動物であるというのも当然と思われる。一緒にいて、食べられてはかなわない。 ところが、オーストラリアのある場所ではタコが集団生活を送っている場所がある。オクトポリス(タコの街)と名付けられた場所は、タコにとって巣穴が作りやすく、餌である貝が近くに生息している場所である。このような場所には必然的に多くのタコが集まる。そのタコたちが毎日争っているかといえばそうではなく、共同生活を送っているらしい。ただし、新たに訪れる新来者のタコには厳しく対応する。このオクトポリスで、外から来たよそ者のオスがここに棲んでいたオスダコを襲って巣穴を奪おうとしたときに、それを見ていた近所のメスダコがそのよそ者のタコを襲って絞め技で追い出した。まるで顔なじみのご近所さんを助ける人間的な行動に思える。 動物を長期にわたって飼っていると、愛情を感じ、擬人化して、感情移入してしまう場合があるが、本書の著者は、あくまでも理性的にタコの生態と内面を追求している。 “タコは賢いので、複雑な精神生活を持っていると反射的に考える人もいる。しかし、それを科学的に擁護するのは別のことであり、その考え方に夢中になって心を奪われるというのはさらに別のことである。” [書き手]木高 恵子(きだか・けいこ) 淡路島生まれ、淡路島在住のフリーの翻訳家。短大卒業後、子ども英語講師として勤務。さまざまな職種を経て翻訳学校インタースクール大阪に通学し、英日翻訳コースを修了。訳書に『ビーバー 世界を救う可愛いすぎる生物』、『人間がいなくなった後の自然』(草思社)がある。 [書籍情報]『タコの精神生活: 知られざる心と生態』 著者:デイヴィッド・シール / 出版社:草思社 / 発売日:2024年11月15日 / ISBN:4794227515
草思社
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