習近平と軍が手打ち? 中国軍制服組のトップ、張又侠がベトナムを訪問したことの大きな意味
(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問) 【写真】張又侠がなぜ3日間も北京を留守にできたか、なぜベトナムは国賓級として彼を迎えたのか 日本ではほとんど報道されなかったが10月24日から26日にかけて中国共産党中央軍事委員会副主席である張又侠(ちょう・ゆうきょう、ジャン・ヨウシア)がベトナムのハノイを訪問した。中央軍事委員会のNo.1は習近平、張又侠はNo.2だが制服組のトップであり、その地位は国防相より高い。 張又侠のベトナム側カウンターパートはファン・バン・ザン国防相である。もちろん彼とも会談したが、その他に10月24日にベトナムのトー・ラム共産党書記長、25日にルオン・クオン国家主席、26日にファン・ミン・チン首相と相次いで会談した。ベトナムは彼を国賓に準ずる形で迎えた。 ■ 汚職がはびこっていた人民解放軍、見て見ぬふりをしていた共産党 この張又侠の訪越は中国ウォッチャーの間で憶測を呼んだ。それは8月の北戴河会議以来、習近平と張又侠が対立しているとの噂があったからだ。なぜ彼は3日間も北京を留守にしてハノイを訪問したのであろうか。そしてなぜベトナムは国賓級として彼を迎えたのであろうか。この訪問は重要な意味を持っている。 中国の知人は筆者に、習近平と張又侠が対立していることは事実だが、それほど異常なこととは思わないと言っていた。中国では人民解放軍は国家から独立した存在と見た方がよく、水面下でしばしば共産党と対立しているからだ。
軍の増長は江沢民時代に始まった。江沢民は軍歴がなかったために、軍の掌握に苦労した。鄧小平は江沢民を共産党総書記に抜擢した際に、軍の幹部と頻繁に食事するように助言したとされる。江沢民は軍のご機嫌を取るために予算を増やした。 軍ではそれまでも売官が行われるなど規律が乱れていたが、その腐敗体質は江沢民の時代に一層顕著になった。軍需品の調達に伴う汚職や、物資の横流しが日常茶飯事になった。それは胡錦濤の時代も続いた。江沢民と胡錦濤の時代に共産党と軍の関係は概ね良好だった。共産党が軍の汚職を見て見ぬふりをしていたからに他ならない。 ■ 習近平はなぜ軍の幹部を次々に失脚させたのか 変化が起きたのは習近平になってからである。習近平は汚職退治によって自身の権力強化を図った。その動きは軍にも及んだ。当然のこととして軍は習近平に反発した。ただ台湾を武力統一したいと考えた習近平が軍事予算を大幅に増やしたために、軍はこの点については習近平に好感を示した。 そんな両者の関係は、習近平が第3期目に突入すると険悪になった。それは習近平が3期目の間に台湾を統一したいと言い出したからだ。習近平はそれを手柄に4期目に突入したいのだろう。 しかし軍は台湾侵攻に難色を示している。そんな軍に習近平は不満を持った。なぜなら習近平は政権を掌握した2012年以降、膨大な予算を軍に振り向けてきたからだ。ロケット軍を創設して、その増強に力を注いだ。それは台湾侵攻を行う際に、邪魔になる米国の空母打撃群を攻撃するためである。 李登輝の訪米などを巡って1996年に起きた中国と台湾の対立では、米国が2つの空母打撃群を台湾周辺に展開すると、中国はなにもできなくなってしまった。その苦い経験から、台湾に近づく空母をロケットで攻撃しようと考えた。