習近平と軍が手打ち? 中国軍制服組のトップ、張又侠がベトナムを訪問したことの大きな意味
しかし高速で航行する空母を長距離ロケットで撃破することは容易ではない。地球が丸いために長距離を飛ぶロケットは地上の基地に設置したレーダーでは誘導できない。衛星データによって誘導する必要がある。ウクライナのミサイルが黒海に浮かぶロシアの巡洋艦を撃破したことがあったが、その技術は全て米国が提供したものとされる。ミサイルの誘導にはイーロン・マスクが所有する衛星のデータが使用されたとも言われる。 米国は自国のミサイルを敵の標的に誘導する技術だけでなく、敵のロケットの軌道を変える技術も研究している。また飛んでくるロケットをミサイルで撃ち落とす技術も進化させている。このような分野において中国の技術は米国に大きく見劣りする。 そのような状況を知って習近平は怒りを抑えることができなかった。なんのために巨額の経費をロケット軍に注ぎ込んできたのか。習近平はロケット軍に査察を入れた。するとロケット燃料を横流して、代わりに燃料タンクに水を入れていた事実などが発覚した。真面目にやっても米国に追いつくのは難しいのに、こんなことでは台湾侵攻は不可能である。 これが、この2年ほどの間に軍の幹部が相次いで失脚した理由である。それは軍を庇った秦剛前外相の失脚にもつながった。 ■ 中国の軍人の本心とは 中国の軍人気質は米国や日本などとは大きくなる。中国では1000年以上も前の北宋の時代に政治家や官僚を科挙によって選ぶシステムが完成した。それ以降、文民統制が続いており、軍人の社会的地位は高くない。それは「良い鉄は釘にならない。良い人間は兵隊にならない」と言う中国の俚言(りげん)によく表れている。 そんな軍人が国のために命を捨てることはない。軍人の本心は国を守ることはではなく、蓄財にある。だから売官が横行する。これは日本や米国では考えられないことである。
中国の軍人は命を失うかも知れない台湾侵攻を行いたくない。張又侠は軍を代表して習近平と妥協点について話し合ったはずだ。その妥協点がどこにあるのか、今のところよく分からないが、このところの習近平の顔色を見ていると、張又侠の主張は概ね聞き入れられたと思われる。 長い間北京を留守にすれば寝首をかかれかねない。そんな張又侠が3日間もハノイに滞在できたのは、手打ちが終わったということなのであろう。今回のハノイ訪問は、手打ちが終わったことを人民解放軍に知らせることが目的だったと思われる。外交は内政の延長である。 ■ 張又侠はベトナムに何を伝えたのか ベトナムは中国と同様に過去に科挙を行った経験があり、軍と共産党の関係はよく似ている。だからこの辺りの機微が理解できる。そんなベトナムは手打ちが終わった制服組トップを国賓級としてもてなした。 張又侠はベトナムが国賓級で迎え入れてくれたことに感謝した。そんな彼は軍と習近平の関係をベトナム側にやんわりと伝えたはずだ。 その一方で、この時点では米国の次期大統領がトランプかハリスかは確定していなかったが、誰が大統領になってもベトナムが過度に米国に近づくことがないように釘を刺したと思われる。 グエン・フー・チョン前書記長は習近平と同様に共産主義を信奉する心情を有していたが、トー・ラム現書記長は共産主義に思い入れがない。先にトー・ラムは国連においてベトナムが米国との関係を重視する旨の演説を行って中国の不興を買った。中国はその直後に西沙諸島で海監の艦船を使ってベトナムの漁船を攻撃し、多数の漁民を負傷させた。それによって中国の意思を示したのだが、張又侠は、再度、米国に接近しすぎないよう念を押したと思われる。我々の知らないところで、密かに歴史は動いている。
川島 博之