誇り高きシャンパーニュが「評価」 英スパークリングワインの実力、秘密は土に
■シャンパンのまねはしない
ヴィンテージが多いのは地球温暖化の影響もある。ノンヴィンテージは寒くてブドウが十分に熟さない年でも何とか一定の生産量を確保するために編み出された、いわば苦肉の策。しかし、近年は温暖化で緯度の高い産地でも毎年のようにブドウが熟すようになった。実際、シャンパーニュもヴィンテージが増える傾向にある。 ドライバーさんは、果実の香りだけで十分に満足できる味わいに仕上がるため、焼きたてのパンのような香ばしさはあえて抑え気味にしていると説明する。 次にハンプシャー地方にある2015年設立の「ブラックチョーク」を訪ねた。シャンパーニュと同じチョーク質の土壌であることを強調したいが、かといってシャンパーニュのまねはしたくない。名前にはそんな思いが込められている。生産本数は年間約9万本とラスフィニーの4分の1程度しかなく、自らを「ブティックワイナリー」と呼ぶ。実際、醸造所はガレージのようなたたずまいだ。 新興で小規模だが、評価は高い。日本のワイン関係者と英国スパークリングワインの話をすると、ブラックチョークの名前がしばしば上がる。醸造を手掛けるジェイコブ・レドリーさんは「小回りが利くので、いろいろな実験ができる」と小規模のメリットを強調した。 その通り、今年新たなアイテムを発売した。その一つ「インヴァージョン2020」はピノ・ノワールを主体に少量のムニエをブレンドした。「英国のピノ・ノワールが持つポテンシャルを表現したかった」とレドリーさん。試飲すると、白ワインなのに赤ワインのようなベリー系果実の濃厚な香りがグラスから立ち上がってくる。非常にリッチでパワフルなワインだ。
■ワイナリーによって異なる哲学や味わい
一口に英国スパークリングワインといっても、ワイナリーによって哲学や味わいの個性は大きく違う。そう感じたのは、3つめの「ハンブルドン」を訪ねたときのことだった。 ハンプシャーにある同ワイナリーは、英国のワイナリーの中では歴史が古く、醸造所の外観や内部も年季が入っている。醸造施設の入り口付近にそびえ立つ土壁はチョークの塊で白っぽくなっていた。ハンブルドンもまた、非常に評価の高いワイナリーの一つ。ただ、ラスフィニーやブラックチョークと違い、ノンヴィンテージが主流。香りも焼きたてのパンのような香ばしさが強めに出ている。 特に個性を感じたのは、セニエ法で造られた「プルミエキュヴェ・ロゼ」を試飲したとき。セニエ法はブドウの実を破砕した後、皮と果汁を一定時間、接触させてから絞って発酵させる。すると、皮の色素やタンニンがワインに多めに移行し、赤ワインにより近いスタイルになる。 試飲した「プルミエキュヴェ・ロゼ」は2016年産のムニエがベースのノンヴィンテージ。ドライフルーツや紅茶、和風ダシの香りが感じられ、熟成したブルゴーニュの赤ワインの趣だ。醸造を担当するフェリックス・ギャビエさんが「ガストロノミックな複雑性」と表現する通り、様々な料理と合いそうだ。 英国南東部には2010年代中ごろからシャンパーニュ大手が相次いで進出し始めた。「テタンジェ」はケント州に醸造施設を建設中で、まもなくファーストヴィンテージが発売の見通し。高級スパークリングワインの本家も英国の持つ産地としてのポテンシャルを高く評価している証拠だ。 英国のスパークリングワインは世界的なブランドイメージではまだシャンパーニュの足元にも及ばない。だが、その実力は決して引けを取らないレベルにまで達しつつある。ブラインドで飲み比べをすると、英国のスパークリングワインに軍配が上がったという情報もよく耳にする。ドライバーさんは「シャンパーニュのようなブランドイメージを築くには時間はかかるだろう」と冷静だが、その表情には自信がみなぎっていた。 文:猪瀬聖(ワインジャーナリスト)
猪瀬聖
WSET認定Diploma(DipWSET)。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート/Sake Diploma。チーズプロフェッショナル協会認定チーズプロフェッショナル。著書『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)。元日本経済新聞社ロサンゼルス支局長。 ※この記事は「THE NIKKEI MAGAZINE」の記事を再構成して配信しています。