組織の暗黙知を形式知化する方法
■何を形式知化すべきか それでは、この製造プロセスを、勘や経験といった暗黙知なしに、形式知だけで運用するならば、言い換えると誰でも同じ意思決定をできるようにするには、各ステップで何を形式知化しなければならないか考えてみましょう。 まず、Step1では、製造ラインに投入する選択肢を形式知化しなければならないでしょう。次に、Step2では、どのような手掛りを付与すればよいか(以下、「手掛り要件」と呼びます)を形式知化しなければならないでしょう。形式知化するのは、手掛りそのものではなく、「手掛り要件」であることに留意ください。Step3では、その手掛りをもとにしてどのような基準で選択するのか(以下、「選択基準」と呼びます)を形式知化しなければならないでしょう。 これらをまとめると、図表2-3のようになります。四角の中のテキストは、何を形式知化しなければならないかを表しています。「データ分析」からStep2「手掛り要件」に矢印が伸びているのは、データ分析は、選択に役立つ手掛りを提供することを意味しています。ここでは手掛り要件が形式知化されているため、データ分析で「何を解けばよいか」を具体化できます。すなわち、形式知の世界での思考ツールであるデータ分析は、この意思決定プロセスにドッキングするのです。 具体的な例を挙げて説明しましょう。通信教育事業者が夏期講座の案内を見込み客だけに送付するにあたり、見込み客を選ぶケースを考えましょう。この場合、「選択肢=全顧客」、「手掛り要件=各顧客の申込み確率」、「選択基準=(例えば)契約確率30%以上」といった感じです。データ分析で「何を解きたいか」については、「各顧客の申込み確率」になります。 ほかにも、銀行が顧客に融資するかどうかを判断するケースを考えましょう。この場合、「選択肢=融資するか否か」、「手掛り要件=当該顧客の貸倒れ確率」、「選択基準=(例えば)貸倒れ確率5%未満」といった感じです。データ分析で「何を解きたいか」は「当該顧客の貸倒れ確率」になります。いずれのケースも、ここまでプロセスを形式知化すれば、誰でもほぼ同じ意思決定をできるでしょう。 この段階まで来れば、データ分析に着手できます。すなわち、Step2 手掛り要件に沿って手掛りを導出すればいいのです。しかしながら、多くのケースでは、意思決定プロセスの形式知化は、もっと困難です。なぜならば、現行の勘と経験に頼った意思決定プロセスは暗黙知であったり、曖昧であったりするからです。 もし暗黙知のままにしていた場合、意思決定プロセスのフレームワークで表現すると、例えば図表2-4のようになってしまいます。この図において、実線の四角は形式知を、点線の四角は暗黙知を表しています。選択肢は形式知化されていますが、手掛り要件と選択基準は暗黙知であることを表しています。 なお、これは一例であり、別のステップが暗黙知になっている場合もあります。 注意すべきは、データ分析は形式知化の世界の思考ツールであり、図表2-4の点線の枠で囲んだ部分のように、手掛り要件が暗黙知のままでは役立たないことです。どんな手掛りが欲しいかを具体化できなければ、データ分析で何を解けばよいのかを具体化できないからです。図表2-4でデータ分析から手掛りへの矢印に×印がついているのは、形式知化の世界の思考ツールであるデータ分析は、手掛り要件が暗黙知なままでは、意思決定プロセスにつながらないことを表しています。 筆者は、ここにこそ、データとその分析力をビジネスに活かせない大きな隔たりがあると思っています。意思決定プロセスを形式知化する壁、これをいかに乗り越えるかを考えることこそ、データと分析力でビジネスに貢献する鍵だと思うのです。 ただし、ビジネス案件によって意思決定は異なり、意思決定の種類が異なれば、そこに介在する暗黙知やそれを形式知化するやり方も異なります。当初は新たな案件のたびにゼロから考えていましたが、様々な案件に多数取り組んでいくうちに、それらを6つに類型化できました。