《女性の心と体を救う「性差医療」》「性差」は長らく置き去りに 薬を必要としない女性に「検査値」だけで処方されることも
原因不明の胸痛 薬が効かない
「私が循環器の病気を診る専門医だというと、大概のかたが産婦人科医ではないことに驚きます。『女性医療イコール産婦人科』という誤解がまだまだ根強いことの証しです」 そう指摘するのは、“女性専門外来の産みの親”として知られる、循環器内科医の天野惠子さんだ。 「私自身、普通の病気に潜む性差に気がついたのは、高校時代の友人が連日のように起こる胸の痛みについて相談に来たときでした」(天野さん・以下同) 40才を迎えたばかりのその女性は、日本有数のシンクタンクに勤務する傍ら、内定していた人材派遣会社の社長職のために、社命で夜間のビジネススクールへ通い始めたという。 そして「胸痛」は起きた。 「産業医からもらったニトログリセリン(狭心症の発作時に服用する血管拡張薬)はのんでも頭が痛くなるばかりで、胸痛には全然効かないというのです。どうしたらいいのか悩んだ末の相談でした」 いまでは当たり前に行われる心臓カテーテル検査や、心血管造影CTも簡単にはできなかった1982年のことである。 その当時、心筋シンチグラフィ(核医学検査)で虚血が証明できない症例では、ストレスによる心因性の「心臓神経症」と診断されていた。 天野さんも「社長職か、命か」の選択を友人に促したが、同時に医師として何か腑に落ちないものを感じていた。 「その後、それまで不定愁訴で片付けられてきた患者さんで同じような症例を診るたびに、『これは何かある』と思いました」 ちょうどその頃、アメリカでは政府の政策によって男性の心疾患死が減り始めた一方、女性の死亡率が上がり続ける「逆転現象」が問題視され始めていた。 危機感を持った医師たちを中心に「女性特有の病態を知るため、性差医学の研究を進めよう」というムーブメントが起き、性差医療が一躍、脚光を浴びていた時期でもあった。 そして1990年、アメリカ国立衛生研究所内に女性の病気の予防と診断、治療に関する基礎研究の拠点として「女性の健康研究局(ORWH)」が開設される。天野さんは、アメリカから次々に届く新たな研究報告から、心疾患に潜む「性差」についての確信を深めていった。 「改めて考えると心電図の波形の違いや、喫煙や高血糖が心筋梗塞の発症率に及ぼす影響は女性の方が強いなど、心疾患の男女差を示す証拠は至るところにありました」 海外の研究報告から、男性基準の検査では診断できない「微小血管狭心症」(※画像検査で確認できるような太い血管ではなく、微小血管で異常が生じて発症する狭心症。40~50代の女性に多いケースとされる)の存在を知ったのもこの時期だ。 天野さんは、心因性の一言で片付けられていた症例でも、心臓カテーテル検査を行うよう訴えたが、周囲の反応は「別に命にかかわる病気じゃないでしょう?」と冷ややかなものだった。「困っている同性を、ただただ見ているわけにはいかなかった」という天野さんは、自身も更年期症状と闘いながら、あらゆる機会を捉えて性差についての報告を重ね理解者を増やしていった。 性差医療になじみがなかった日本の医療界でも重要性が認知される分岐点となったのは、アメリカでORWHが立ち上がってから約10年後の1999年に行われた日本心臓病学会学術集会だ。 「シンポジストとして登壇し、性差医療の概念を紹介しました。『循環器に限らず、更年期障害など女性が困っている症状はまだまだあるはず。女性を総合的に診る女性専門外来を作りましょう』と呼びかけたのです」 賛同する医師は続々と増え、2001年、鹿児島大学病院で日本初の女性専用外来が開設されたのを皮切りに、全国の医科大学や国公立病院で次々と女性外来が開設される。 その数はわずか5年で400か所を超え、ブームともいえる状況だった。それほどの潜在ニーズがありながら、性差医療は長らく置き去りにされてきたのだ。 「ただし、遅ればせながら性差が周知された結果、たとえば動脈硬化性疾患について、近年は性差を加味した発症リスク評価に基づく診断と治療が行われるようになりました。安易な薬の処方も減っているようです」 別掲の表は、性別と血圧、血糖値の異常などのリスク項目を点数化し、あなたの今後10年間の、動脈硬化性疾患の発症リスクを調べるものだ。 ◆あなたの動脈硬化性疾患リスクをチェック 合計点数が高いほど発症する確率が高いわけだが、女性は自動的に「7点」が差し引かれる。男性と女性では、それだけ違うということだ。
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