“白い脂がべっとり”本格派ビストロに酷評が…「日本人、フランス料理があまり好きじゃない説」の深いワケ
本場の味を大事にしていたお店に起きたこと
もうひとり、僕の知り合いの話をします。彼はフランスでの修業を終えて10年ほど前に地元で店を持ちました。オープン当初はまさに、本場の味をそのまま持ってきた店でした。 特別な材料が使われるわけではありませんでしたが、内臓やスパイス、豆を駆使した煮込みや、豚足から骨を抜いて詰め物をした料理など、一手間かけた繊細かつ豪快な料理が売り。日本のビストロで定番のキッシュやニース風サラダなんかも、よく見る可憐なものではなく、やたら褐色でゴツゴツしたワイルドなスタイル。 しかしそれは長くは続きませんでした。ニース風サラダやキッシュはいつの間にか量も見た目も可愛らしくなり、前菜にはそれら以外にカルパッチョやシーザーサラダも加わりました。メインの「煮込み枠」は、内臓や豚足ではなく煮込みハンバーグに。そしてその店はめでたく、ランチタイムはお客さんでごった返す繁盛店となりました。 更に夜のメニューでは、ローストビーフをウリにしつつアヒージョなどの小皿料理を増やし、元々のワインの価格設定が異常に安かったこともあり、ワインバー的に重宝されるようになりました。思い切ってパスタも始めて、「自家製厚切りベーコンのカルボナーラ」や「大人のナポリタン」は、全てのグループがどちらかを注文するくらいの人気メニューとなりました。 彼は、「かえって気が楽になったよ。みんな喜んでくれるし、正直仕込みも楽になった」と笑います。それが本心なのかどうか、僕にはわかりません。
日本人、フランス料理があまり好きじゃない説
こういう光景は、この店ばかりのことではありません。グルメ雑誌等では「ビストロブーム」などということがかつて言われて久しいですが、グルメ雑誌が煽るものがだいたい何でもそうであるように、それは決して世間全体を巻き込んだブームとまでは言えるものではありません。 僕は昔から「日本人は本当はあまりフランス料理が好きじゃないのではないか」と、うっすら思っています。それは、昔のホテルフレンチから現代のビストロまでずっと変わらないように思えます。 知人の店がまさにそうですが、定番料理は日本人が好む典型的なスタイルに落とし込み、そこにイタリアンやバル、洋食、といった周辺文化の助けも総動員して、ようやくビジネスとして成立するのがフランス料理なのかもしれません。 もちろん一定数以上の愛好家は存在します。そして(都会であれば)その期待に応えてくれる店は少数ながら存在します。そういう店はキッシュを「あえて」メニューから外すし、カルパッチョやパスタは「絶対に」置きません。そこには小さくて幸せな世界が成立しています。 更にもっと先鋭的な(そして極めて高額な)イノベーティブフレンチなどの世界もあります。それはエスニックやガチ中華、インド料理などと同様、本格的になればなるほど限定的なマニアによって支えられる、という「いつもの」構造。 しかしフランス料理には、エスニックなどには無い独特の呪縛があります。世界で最も格式高いもてなし料理であり、誰もが羨むべきものであり、極めておしゃれな食べ物である。そしてそうでなければならない。そんな呪縛。 そろそろみんな、フランス料理をそんな呪縛から解放してあげてもいいのではないでしょうか。ワイルドな料理を苦しくなるまでガツガツ喰らったり、繊細な料理に全神経を集中させて無言で向き合ったり。社交もおしゃれも格式も関係なく、もっと素直に楽しめばいいのでは? そんなふうに思っています。
稲田俊輔