初めて「せんせい」と言ったのは16歳、最初の一歩は17歳。遺伝子異常がある息子から家族が得たものは?~新生児医療の現場から~【新生児科医・豊島勝昭】
新生児集中治療室(NICU)は、早産や低体重で生まれた赤ちゃん、お産の途中で具合が悪くなった赤ちゃん、生まれつきの病気がある赤ちゃんたちが治療を受けるところです。 NICUの赤ちゃんたちの成長や家族のかかわりについて、専門家に聞く短期連載。 テレビドラマ『コウノドリ』(2015年、2017年)でも監修を務め、地元の小中高校で「NICU命の授業」を続けている神奈川県立こども医療センター周産期医療センターの豊島勝昭先生に話を聞きます。 第3回は、染色体や遺伝子の異常を持って生まれた赤ちゃんの成長とその家族のかかわりについてです。 【画像】18歳になったけんちゃんと、お母さん。
「大変だと思ったことはない」と言ったお母さんの言葉が今も心に
――神奈川県立こども医療センター(以下神奈川こども)で出会った染色体異常・遺伝子異常のある赤ちゃんで、印象的だった子はいますか? どんな様子だったか教えてください。 豊島先生(以下敬称略) 体の設計図とも言える染色体や遺伝子に異常があることが原因で起こる遺伝性疾患を持って生まれる赤ちゃんたちがいます。遺伝性疾患は家系に必ずしも遺伝するわけではなく、ほとんどはその子の染色体や遺伝子に偶発的に異常が起きたための疾患です。遺伝性疾患は、両親が妊娠前や妊娠後に何かをしたこと、しなかったことが原因で起きることはなく、だれにでも起こりうることです。 染色体異常ではダウン症や18トリソミー、13トリソミーが知られていると思います。でも、ほかにもたくさんの遺伝性疾患があります。診断されやすい疾患もあれば、されづらい疾患もあります。また、同じ診断名でも、子どもたちの成長や発達はそれぞれです。 2001年、胎児診断で先天性横隔膜ヘルニアをはじめとした複数の胎児異常を診断されて、神奈川こどもで生まれたけんちゃんという男の子のことをお話ししたいと思います。 けんちゃんは 生まれた直後からNICUで人工呼吸器管理を含めたさまざまな集中治療を行い、命を助けることができました。人工呼吸器管理も終了できましたが、哺乳は難しくてチューブを鼻から胃に入れてミルクを流す経管栄養の在宅医療をしながら1度は家族と自宅に帰りました。 しかし、退院から数カ月後に重症肺炎となり、命にかかわるような状況で神奈川こどもに緊急入院しました。 NICU入院中もそうだったのですが、けんちゃんは口やあごが小さくて人工呼吸器管理を行うための気管挿管が難しい子でした。緊急入院したときも気管チューブを挿入するのに時間がかかりました。このチューブがもし再度抜けてしまったら、もう入らない可能性があったため医療チーム内では緊急で気管切開をしたほうが安全という意見が多かったです。 私はけんちゃんの家族に「気管切開したほうが呼吸状態は安定して、在宅医療も今よりは大変でなくなるかもしれません」と話しました。すると、お母さんはその場で「この子は生まれたときから、ずっとこうだったから大変なんて思ったことはありません。気管切開は今はしてほしくない。入院する前に戻るような治療を考えてもらえませんか」と話してくれました。その表情と言葉が今でも記憶に残っています。 けんちゃんは細い気管挿管で人工呼吸器管理を続けて、時間はかかりましたが回復して、気管挿管も人工呼吸管理も中止することができました。 退院後は、気管挿管や人工呼吸器管理が必要な状況になることはなく、あのとき、安全を強調し過ぎて気管切開をしなくてよかった、家族の希望に添ってよかったと思っています。 私はけんちゃんと家族をNICU卒業生のフォローアップ外来でずっと担当してきました。NICUでの染色体検査では異常はありませんでしたが、けんちゃんの成長・発達はゆっくりで言葉も出ませんでした。 なかなか原因がわからずにいたのですが、小学生になったころ、大学の研究室に依頼していた検査で先天性の遺伝子異常であることがわかりました。けんちゃんのお母さんは原因がわかって安心したという笑顔を見せてくれました。
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