“北海道で一番小さい村”に移住して牧場とジェラート店を経営「目指すはニセコ」【名徳知記】
店名すら書かない「広告戦略」
音威子府村で過ごす時間が伸びるにつれて、村唯一の、そして若手の酪農家として村のキーパーソンになりつつあった名徳のもとには、行政、商工会議所など多方面から「牧場の生乳を使って、何か新しい事業を起こしてみては?」という声がかかり始めた。 ちょうど「自ら作っている牛乳を使って何か製品を作りたい」と、6次産業への挑戦を夢見ていた名徳に、さらなる追い風が吹く。商工会連合会から、6次産業への挑戦を後押しする知見のあるメンバーが派遣されてきたのだ。 「今この時を逃したら、店は出せない!」 そう考えた名徳は、行政や農協、商工会連合会の期待を一身に背負って、名徳牧場の生乳を使ったジェラート店のオープンに漕ぎ出した。 名徳の幼いころの夢は、「お菓子の国に住むこと」というくらいの甘いもの好き。ジェラートは名徳の好物であり、成分の半分以上が生乳であるという、まさに製品化にぴったりの商品だった。 資金調達や衛生管理の行き届いた施設の立ち上げ、保健所の厳しい審査にジェラートづくりの修業を乗り越えて、2023年9月30日に「Gelateria the GreenGrass」はオープンした。店の周りには行列ができ、閉店時間にはジェラートが完売する大盛況ぶりだった。 実はその盛況を作り出したのは、他でもない名徳の“広告戦略”だった。 名徳はオープン前、「お待たせしました。9月30日 13:00~17:00オープン」という言葉と、牛のイラストだけが書かれた真っ赤な折り込み広告を出したのだ。 店名やジェラート屋であることには一切触れていない広告だった。策士のその大胆な手法に、村民は思わず行列を作ったというわけだ。 オープン当日は、名徳の計らいで音威子府村の元村長がドアマンを務めた。策士ばりの戦略だけではなく、こうした気配りが自然とあふれるのが、名徳が音威子府村で愛される所以なのだろう。
音威子府村をニセコのように
「Gelateria the GreenGrass」は、2024年9月にアメリカン・エキスプレスがコミュニティの魅力づくりに貢献する経営者を応援するプログラム「RISE with SHOP SMALL 2024」で200万円の支援を受けることが決まった。 道路を舗装したり、ベンチを設置し、より多くの人が来店しやすい工夫をするために使用する予定だ。「お金を稼ぐ仕組みよりも、来店する人が楽しめる仕組みを作りたい」と名徳は意気込む。 名徳に、今後の目標を聞いた。 「『Gelateria the GreenGrass』を有名にして、ニセコのように村に人を呼び込みたいんです。『Gelateria the GreenGrass』があるから、音威子府村に足を運んでみようかな、と思ってもらえたら勝ちかなと。村への恩返しの意味もありますし、村を存続させて、次世代に引き継ぐ役割も果たしたいと思っています」 名徳牧場のテーマは「100年続く牧場」。今後、世界的に有名な牧場になるためにも、長く牧場を存続するためにも、カーボンニュートラルにも取り組んでいきたい考えだ。 最近では、新しいチャレンジを志し音威子府村に移住する人も現れた。音威子府村と名徳牧場の未来は、きっと明るい。 (文:市川みさき、撮影・編集:野田翔)
市川みさき