「戦車のように無敵」な飛べない鳥、エミューにオーストラリアが完敗した奇妙な戦いの物語
唯一ふくらはぎに筋肉がある鳥
エミュー戦争は、単に軍の愚かさを証明しただけでなく、この鳥の驚異的なたくましさを浮き彫りにした。 体高約180センチ、歩幅約90センチのエミューは鳥として唯一、ふくらはぎの筋肉を有しており、それが前進する際の推進力を生み出す。類まれなスピードと持久力を備えた彼らは、時速約90キロで疾走し、雨の降る地域を追いかけながら、食料を求めて1日に約24キロもの距離を踏破できる。 「エミューは移動性というよりも分散型の鳥と言えます。彼らの動きは予測しづらく、どの方向にも行く可能性があります」と、ブッシュ・ヘリテージ財団の生態学者ローワン・モット氏は言う。 エミューは単独あるいは小さな家族の集団で餌を探すことが多いが、干ばつが起こると大きな群れを形成し、広大な土地をまとまって移動するようになる。こうした習性を背景に、1930年代初頭の「エミュー戦争」は勃発した。 しかし、エミューは単なるサバイバー以上の存在だ。手に入りやすいものを捕食する捕食者である彼らは、種子を広範囲にわたって散布し、それによってオーストラリア全体の植生の再生を助けるという重要な役割を担っている。 研究からは、エミューの糞の中には数十種類の植物種が含まれていることがわかっている。コマッキオ氏によると、エミューは現地で「ネイティブ・ピーチ」と呼ばれる耐寒性のビャクダンの仲間クァンドン(Santalum acuminatum)を広めるうえで中心的な役割を果たしているという。 「エミュー以外の多くの動物も、クァンドンを餌にしています。ほかの植物が育たないような砂漠でも、クァンドンは生えてきます。エミューによる種の散布は生態系に大きな利益をもたらし、その恩恵はすべての生きものに波及するのです」
オーストラリアの象徴として
生態系のほかに、エミューは文化的にも大きな役割を果たしている。彼らは先住民アボリジニの創世の物語で重要な象徴とされ、多くの場合、たくましさや強さ、大地との深い結びつきを表す。 ある物語では自然界を導く創造の精霊として描かれ、また別の物語には、天の川にいる天上の存在として登場する。エミューとオーストラリアのつながりは非常に深く、国の紋章や50セント硬貨、スポーツチームのロゴにもその姿が描かれている。 「彼らはほんとうに象徴的な存在です。非常に好奇心旺盛で、恐れを知らず、自信に満ち溢れています」。脚を交互に替えながら興奮気味に飛び跳ねる彼らの独特な行動に言及しつつ、コマッキオ氏はそう語る。「エミューはだれからも愛される存在です」 軍事的には失敗に終わったものの、エミュー戦争は、生存と適応力の象徴としての彼らの地位を確固たるものとした。1999年以降、オーストラリアの環境法によって保護されているエミューの数は今も健全な状態を保っており、60万羽以上が大陸を歩き回っている。
文=Rebecca Toy/訳=北村京子