生きたまま、ヒトの意識をコンピュータに移す方法とは?
従来型侵襲ブレイン・マシン・インターフェースの限界
非侵襲がだめなら、当然、侵襲ということになる。頭蓋骨に穴をあけ、脳の灰白質に直接電極を埋め込むことで、今度はニューロンどうしの会話の内容をじかに聞き取ることが可能になる。一つの電極で複数のニューロンをとらえることができ、最も多いものでは千に近いニューロンの同時記録がこれまでに達成されている。 では、生体脳半球と機械脳半球を接続し、その間で意識を統合し、さらには記憶を共有するには、どのくらいの数のニューロンを記録する必要があるだろうか。 ヒトの左右の脳半球を結ぶ神経繊維束は三つある。そのなかでもっとも太い「脳梁」では、左右一億個ずつのニューロンが糸電話―神経繊維を通している。さきほどの一千とくらべると桁が五つも多い。 さらに困ったことに、反対半球へと連絡するこれらのニューロンは脳の広範囲に散らばり、その他のものとさっぱり見分けがつかない。ヒトの片方の脳半球には約100億のニューロンが存在することから、ざっくり見積もって百個に一個の割合ということになる。たとえるなら、広い海原を泳ぐ無数の小魚のなかから、黒くないスイミーを探り当てるようなものだ。 つまるところ、生体脳半球どうしの連絡を完璧に再現するとなると、大脳のすべてのニューロンを計測するはめに陥る。わたしたちの脳は、わたしたちが思い浮かべるよりもはるかに中身が詰まっていて、脳髄液の占める隙間部分は全体の20%ほどにすぎない。そこへ、ニューロンの何十倍も大きな電極が、生体組織をめりめりと破壊しながら入り込んでくる様子を思い描いてほしい。すべてはおろか、脳全体のわずか0.01%のニューロンを計測するのも困難と言わざるを得ない。
脳への情報書き込みの困難
だめ押しとして、脳の灰白質に挿入した通常電極によるブレイン・マシン・インターフェースにはもうひとつ致命的な欠陥がある。なんと、情報をきちんと書き込むことができないのだ。 脳への情報の書き込みは、電極から電流を流すことによって行われる。それにより、犬を見たときに反応する「犬ニューロン」が活動すれば、脳に「犬」という情報が書き込まれたことになる。逆に、精確に「犬」という情報を書き込みたいときには、その犬ニューロンのみを活動させる必要がある。仮に、隣の「猫ニューロン」もいっしょに活動してしまったなら、「犬猫」の情報が書き込まれてしまい、その魑魅魍魎が眼前にあらわれることにもなりかねない。というわけで、一つの電極あたり、それにもっとも近いたった一つのニューロンを活動させることが理想であり、その具体的な方策として電流値をぎりぎりまで下げていくことになる。 ところが、最近になって、ターゲットとなるすぐ近くのニューロンだけを活動させようとしても、遠くの複数のニューロンも活動してしまうことが報告された。その種明かしは簡単だ。電流値を下げていったときに、電極にもっとも近いニューロンを活動させるのに必要な電流よりも小さな値で、電極のより近傍を通過する複数の神経線維が刺激されてしまうのだ。結果、その神経線維の先につながる遠くのニューロンが活動してしまう。そして最大の問題は、それら遠くのニューロンが電極の観測網にかからず、“何”ニューロンであるかをうかがい知ることができないことだ。ちなみに、電極が捉えることのできるニューロン活動は、距離にして1/10mm以内にあるものに限られる。 言い方はわるいが、どこの馬の骨だかわからない幾多のニューロンが活動し続けることになる。この読み書きの不一致により、従来型電極では、脳にまともに情報を書き込むことができない。この現象を発見したクレイ・リード博士らは、論文の結びとして、通常電極によって構成されたブレイン・マシン・インターフェースの将来性に強い警鐘を鳴らしている。