勝算なき「非常戒厳」で政権窮地 打つ手なし、保守層離反も 弾劾訴追に現実味・韓国〔深層探訪〕
韓国の尹錫悦大統領が突然発表した「非常戒厳」は、わずか6時間で幕を閉じた。支持率低迷が続く中、追い込まれた尹氏は権力回復を狙い無謀と言える策に打って出たものの、かえって窮地に立たされた。あっけにとられた国民はもとより、頼みの保守層も一層の離反が必至。大統領弾劾訴追が現実味を帯びている。 【写真】ソウルの国会前で韓国の尹錫悦大統領の退陣を要求する野党議員や市民ら ◇自爆行為 「血を吐く気持ちで国民に訴える」。3日夜、尹氏の淡々とした口調とは裏腹に、談話は激しい言葉で始まった。今年4月の総選挙で勝利した野党が国会で過半数を占め、思い通りの政権運営ができない状況が続く。尹氏は、野党が政府高官や検事への弾劾訴追を多数試み、来年度予算案も「政争の道具」としているなどと、いら立ちをあらわにした。 尹政権の求心力はこのところ著しく低下していた。尹氏夫妻が国政選挙の与党候補公認に介入したとされる疑惑で、世論の批判は広がる一方。最近は支持率が2割と低迷した。記者会見で疑惑を釈明しても、「独善的」とされる態度にかえって反発が強まった。窮地に立たされた尹氏が、勝算のない「自爆行為」(保守系紙・中央日報)に出た形だ。 ◇2時間のクーデター 1987年の民主化以降初めてとなった戒厳令は、あまりにあっけなく終わった。国会は4日未明、戒厳令解除を求める決議案を可決し、尹氏はそれに応じる形で解除を表明。宣言から決議案可決までの時間は2時間余り。「2時間のクーデター」(金東※〈※=ナベブタに兌〉京畿道知事)とやゆする声も出ている。 この間、国民は状況が分からないまま、かつて軍事独裁政権が権力維持に利用した「戒厳」という言葉に振り回され、大きな不安が広がった。本来は味方である保守系紙・朝鮮日報は「このような状況にどのように責任を取るのか国民に答えなければならない」と指弾した。 もっとも、元検事総長である尹氏がこうした事態を予想できなかったとは思えず、経緯は「ミステリー」(韓国メディア)だ。「反国家勢力を撲滅し、国家を正常化させる」。既に求心力が乏しい尹氏には、力で押さえつける以外の手段を見いだすことができなかった。 ◇与党8人賛成で可決 政権への攻撃に弾みがついた野党は4日、大統領弾劾訴追案を国会に提出した。このままの勢いで大統領を弾劾に追い込んで罷免し、大統領選を経て、早期に政権交代するシナリオを描く。 国会(定数300人)で弾劾訴追案を可決するには、200人の賛成が必要。野党議員192人に加え、与党「国民の力」の議員8人が賛成すれば可決される。戒厳解除を求める決議案で与党議員18人が賛成したことを踏まえれば、可能性は十分にある。尹政権の命運は風前の灯となっている。(ソウル時事)