「修行先は出さない」「取材もほとんどお断りしてきた」 東京屈指のラーメン店主が描く理想の円グラフ
■100点のラーメンは作れない 「私は修行先の店名も出しませんし、取材もほとんどお断りしてきました。それは、商品だけで評価されたかったからです。本物になりたいという思いでお店を開いたので、時間がかかってもいいから商品だけでお客さんを呼びたかった。メディアに出て一発屋で終わってしまうのが怖かったんです。メディアの力をお借りすれば認知が一気に広がることももちろん分かっていましたが、自分の力で頑張ってみたいと思いました」(深谷さん) オープンからお客さんの数で悩んだことはない。これは1日100杯限定だったからこそだ。あくまで地元客メインで足場を固めてここまで伸びてきた。オープン当初からの常連客は味が変わり続けても変わらず食べに来てくれる。自分の力だけで成し遂げたいと思っていたが、常連客はじめ、いろいろな人の支えがなければここまで来られなかったと振り返る。 スタッフが増えて店が大きくなってくると、ラーメン職人から経営者に役割が変わっていく時が来る。ラーメン作り以外にやることが増え、自分のやりたいことはこういうことだったんだろうかと深谷さんは悩む。そこで、バックオフィス業務を提携企業に任せ、味に集中できる環境にした。 「そうなると、また味の迷路にハマるんです。100点のラーメンが作れることはありません。いまだに本店の仕込みは9割9分自分でやっています。他に負けないように納得できるものを常に出したいと思っています」(深谷さん) 深谷さんは“円グラフ”でラーメンをイメージしているという。鶏を何パーセント、豚を何パーセントと円グラフに表していく。こうやってまず理論値を出してからノートにレシピ化し、ここから試作を始める。試作をして実測値を取ると、理論値とはものすごくズレるので、ここからは経験で埋めていく。 「はっきりしたレシピはスタッフには与えません。ある程度はレシピで補えても、最後は経験が埋め合わせるものなので。ぼんやりしたものから輪郭をはっきりさせた方がいいものができます。彼らには限定ラーメンを自分で作ってもらいながら適宜アドバイスしていきます。こうして自分なりの哲学を作ってもらうんです」(深谷さん) スタッフも順調に育っている。2025年1月には三重県で「麦苗」からの独立第一号のお店がオープンする。 「原価などを考えるとラーメン店にはとても厳しい時代です。このまま値上がりしていって、一杯に2000円出せるかというと厳しいと思います。今のラーメンは、自分が昔食べてきた頃とは感じが変わってきていますよね。もちろん質は高めていきたいですが、それがお客さんに求められているものなのかは同時に考えていかないといけないですね」(深谷さん) 自分の納得できる味を追い求めながら、「麦苗」は時代とともに変わり続ける。(ラーメンライター・井手隊長)
井手隊長