「鉄は国家なり」製造業大国の郷愁が保護主義を増幅 繁栄のアイコン、USスチール買収阻止
【ワシントン=塩原永久】日本製鉄によるUSスチール買収はバイデン米大統領が3日に買収禁止を命じて頓挫した。1901年創業のUSスチールは、米国が鉄鋼大国として繁栄した時代を象徴する「アイコン」(米メディア)とされる。大統領選と重なる時期に、「米企業が外資に奪われる」といった印象論が先行し、経済論理は置き去りにされ政争の犠牲になった側面が否めない。 【ひと目でわかる】中国の対外黒字、実は全面的に米国の対中貿易赤字が支えに ■バイデン氏「国家の背骨」と宣言 「USスチールは米国人に所有、運営され、世界で最も誇り高い米企業であり続ける」 バイデン氏は3日の声明で、そう強調した。自動車や軍用品など幅広い産業を支える米鉄鋼大手が外国企業に買収されれば、国家安全保障を損なう恐れがあると買収阻止の理由を説明した。 近代国家の発展に鉄鋼生産が重視され、「鉄は国家なり」と言われたように、バイデン氏は声明で、鉄鋼生産が「国家の背骨だ」と宣言した。 ■政争に巻き込まれ… USスチールは「鉄鋼王」カーネギーらが1901年に設立。鉄鋼需要拡大期に成長し、AP通信によると55年までに、USスチールを筆頭とする米企業が世界の需要の4割を供給した。近年は海外勢に押され経営が悪化。M&A(企業の合併・買収)を通じた協業相手を探していた。 日鉄が2023年12月にUSスチール買収を発表すると、雇用への影響を懸念する全米鉄鋼労働組合(USW)が、ただちに反対を表明した。 24年11月の大統領選を前に、米有力企業の「身売り」は政争に巻き込まれ、労働者保護を掲げる民主党のバイデン氏、共和党のトランプ次期大統領の双方が、買収阻止の姿勢を鮮明にした。 ■産業界からは買収阻止に反発の声 日本企業は過去にも米大手のM&Aで苦しんだ。東芝による2006年の米原発大手ウェスチングハウス買収は失敗。米企業側が「格下」とみなす日本企業との協業で、相乗効果が生まれなかったことが背景にあったとされる。 今回は日鉄が門前払いとなった形だが、米国民のプライドにかかわる有力企業の買収はハードルが高い。政府が介入し、自国産業を守るという保護主義的な機運を後押ししている面もある。
一方、全米商工会議所が3日、「バイデン政権による(USスチール買収の)政治化は米国民に高い経済負担を負わせかねない」とする声明を発表するなど、産業界からは反発が出ている。