対米連携、中南米支援政策など…元国際協力機構理事長が求める日本が果たすべき役割 東京女子大学特別客員教授が紹介する一冊(レビュー)
国連次席大使やJICA(国際協力機構)理事長などを歴任し、国際政治の現場で開発援助を実践してきた政治学者・北岡伸一さんの新刊『覇権なき時代の世界地図』(新潮選書)が刊行された。 国際社会で米中が拮抗しG7主導体制が後退する一方、権威主義や独裁国家が台頭し、グローバルサウスが影響力を増す――「自由・民主主義・法の支配」が脅かされかねない危機の時代に、JICA特別顧問として途上国を巡りながら日本が採るべき道と果たすべき役割を考えた一冊だ。 同書に寄せられた高原明生・東京女子大学特別客員教授の書評は、途上国の地理的な特徴や政治的な現状ばかりでなく、歴史や日本とのつながりも知ることができる本書の魅力が存分に語られている。
高原明生・評「歴史も世界もワンダーに満ちている!」
これは稀有な本である。日本はユーラシア大陸の東端の沖合、太平洋の端っこにある島国だが、世界中を相手に貿易を行い、海外を訪れる日本人も少なくない。しかし、著者ほど多くの国を、しかも普通は行かないような途上国を数多く訪ねている人は世界でも数えるほどしかいないのではないか。前著『世界地図を読み直す――協力と均衡の地政学』に続き、本書で著者は東南アジア・太平洋、南アジア・中東・インド洋、アフリカ、南米、ヨーロッパの二五の国や地域を訪れる。そしてそこで何が起きているのか、日本は何をしているのか、何ができるのかについて考える。 その実体験に多くのデータを加えて語られる諸国の紹介は、月並みな表現で恐縮ながら、目から鱗が落ちる思いをさせてくれる。ルワンダは部族間の大虐殺という悲劇が起きた地だが、その西部には平均標高二七〇〇メートルを超える山脈が走り、最高峰は四五〇七メートルだという。アフリカは砂漠とジャングルとサバンナのイメージが強いが、それだけではないのだ。また、マダガスカルに最初に住み着いたのはマレー系の人々で、今も人口はアジア系統とアフリカ系統が半々であり、主食はコメで、国内に交通信号が一つもない!? これまで知らなかった世界の実状に目を見開かされるが、本書は私たちの視野を広げてくれるばかりではなく、歴史的な視点を提供することで現状への理解を深めてくれる。著者は言うまでもなく日本政治外交史の泰斗である。その深い学識に、国連大使および国際協力機構(JICA)理事長としての長い経験、世界のリーダーたちとの交流の蓄積が加わることにより、ユニークな視点と洞察が示される。 例えば日本の中南米支援政策についての視座だ。所得水準がさほど低くなく、距離も遠いため、対中南米協力はやや低減する傾向にあった。だが、せっかく日系人が苦労されて親日の土壌がある中南米に対して協力を減らすのは愚策だと考えた著者は、協力強化、関係強化への転換を進めた。JICAの緒方貞子平和開発研究所でも、日系移民史の研究が行われている。 ヨーロッパのポーランドを語る上でも、著者の視点は隣の難しい大国、ロシアないしソ連への対応を共にした明治以来の「親日」の歴史に置かれる。義和団事件で活躍した柴五郎は有名だが、四朗という兄がいたという。柴四朗は日本の独立を守らんとする危機感を背景に『佳人之奇遇』という政治小説を書き、そこで大国の圧迫に苦しむ東欧に関心を寄せていたが、その執筆中に谷干城の秘書官として欧州視察に同行し、ポーランドを訪れたのだとか。これも本書で初めて知ったことだ。