対米連携、中南米支援政策など…元国際協力機構理事長が求める日本が果たすべき役割 東京女子大学特別客員教授が紹介する一冊(レビュー)
地政学、そして最近は地経学という言葉も人口に膾炙するようになった。だが著者は、それらに並べて「史政学」もあってもいいかもしれない、少なくとも地政学における地理的要素と同じくらい歴史的要素は重要だと思うと述べている。蓋し卓見であろう。管見の限りでも、多くの途上国の人々は独立の際に誰が助けてくれたか、誰が邪魔をしたかをよく覚えているものだ。 著者が追い求めるのは、日本はこの時代、この世界で何をすればよいかという問いへの答えだ。JICA理事だった加藤宏国際大学教授の言葉に共感し、著者は日本が世界の開発学の中心になるべきだと唱える。先進国が支配する国際社会に入り苦労して発展した日本にこそ、その資格があると考え、日本での開発大学院連携構想や日本の近代化の経験を海外で教える「JICAチェア」を推進してきた。欧米流の上から目線の押し付けではなく、相手の立場に立って一緒に考える。人の命、暮し、尊厳を守る人間の安全保障の原則に通じるJICAの伝統だ。 もう一点、読み手の心に残ることがある。それは、価値観が混迷し、各国がアイデンティティを模索する時代に、自由、民主主義、法の支配という近代の理想を日本が支えていくべきだという著者の信念だ。かつて途上国として差別されながら、最初に近代化を成し遂げた日本こそ、近代の理想を生き返らせる鍵を握っているというのだ。 『覇権なき時代の世界地図』という書名も、歴史的な視点からつけられているのだろう。国連改革に関連して著者が述べるのは、日本が過度の対米連携をやめることだ。もちろん対米関係は何よりも大事であり、途上国から信頼され、国連でも活躍する日本は、米国のパートナーとしてより大きな役割を果たせるという。 ぜひ若い人たちに本書を読んでもらい、その面白さにひたってもらいたい。歴史も世界もワンダーに満ちている! [レビュアー]高原明生(東京女子大学特別客員教授) 1958年、兵庫県生まれ。1981年、東京大学法学部卒業。88年英国サセックス大学にて博士号取得。立教大学法学部教授、東京大学大学院法学政治学研究科教授等を経て、2024年4月より現職。JICA緒方貞子平和開発研究所長、日本国際問題研究所上席客員研究員、日本国際フォーラム上席研究員などを兼任。専門は現代中国政治、東アジア国際政治。編著に『シリーズ中国近現代史(5) 開発主義の時代へ1972-2014』(共著、岩波新書)、『東大塾 社会人のための現代中国講義』(共編、東京大学出版会)、『中国の外交戦略と世界秩序――理念・政策・現地の視線』(共編、昭和堂)など。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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