大麻の常用者がかかる奇妙な症候群が倍増、何度も入浴したがる人も、合法化が進む米国で
嘔吐や腹痛などの「カンナビノイド悪阻症候群」、なりやすさを決める要因はいまだ謎
繰り返し起こる吐き気、嘔吐、激しい腹痛。そして何度も風呂に入りたがる。こうした胃腸などの異常は、長期にわたる大麻(マリファナ)の常用に関連付けられる「カンナビノイド悪阻(おそ)症候群(CHS)」の典型的な症状だ。 ギャラリー:人類が地球を変えてしまったと感じる、空から撮った絶景 写真23点 CHSは、2004年に初めてオーストラリアの医師たちによって報告された。米国では患者数が年間275万人と推定され、その数は増えているという。2024年10月号の医学誌「JAMA」に掲載された一般患者向けの記事によると、米国とカナダではCHS関連で救急外来を訪れる患者の数が2017年から2021年の間に倍増した。 増加の一因は、嗜好用大麻を合法化する州が増え、手に入りやすくなったことかもしれない。2024年3月に医学誌「Journal of Clinical Gastroenterology」に発表された論文も、この見方を裏付けている。 2016年に大麻が合法化された米マサチューセッツ州の大病院で、合法化前の2012年と後の2021年を比べたところ、CHSで入院した患者数が合法化後に大幅に増えていたことがわかった。 要因はもう一つある。「現在入手できる大麻は30年前のものと比べるとはるかに強力になっています」と、米エール大学医学部の精神医学教授で、大麻・カンナビノイド科学センター長を務めるディーパック・シリル・デソウザ氏は話す。 1960年代、大麻に含まれる向精神成分の「デルタ―9―テトラヒドロカンナビノール(THC)」の濃度は2~4%が普通だったが、最近ではそれが18~35%またはそれ以上にまで増加している。 とはいえ、「なぜ一部の人々だけがCHSを発症しやすいのかはわかっていません」と、デソウザ氏は言う。そこで、この不可解な症状について現在研究で明らかにされていることをまとめてみた。
常用者でも多くの人は発症しない、ではリスク要因は?
最大のリスク要因は、大麻の大量使用だ。数年間ほぼ毎日、または1日に複数回使用していると、リスクが高まる。いつ発症してもおかしくないが、何十年も使用を続けてから発症する場合もある。 ただし、「毎日大麻を使用していてもほとんどの人はCHSを発症しません」と、カナダ、カルガリー大学で消化器学の臨床教授を務めるクリストファー・N・アンドリューズ氏は言う。発症したとしても、常に症状が続くわけではない。「症状は出たり治まったり、周期的に起こります」と、デソウザ氏も言う。「ずっと続いていたら、その人は大麻をやめざるを得なくなるでしょう」 2019年6月26日付で医学誌「Neurogastroenterology & Motility」に発表された論文で、研究者が271件の症例を検討したところ、患者の平均年齢は30歳で、69%が男性だったという。また、68%が大麻を毎日使用しており、CHSを発症するまでの大麻の使用平均年数は6.6年だった。 なぜCHSになりやすい人がいるのかについてデソウザ氏は、人間の体内にある「内因性カンナビノイド系」が関係しているのではないかと考えている。 内因性カンナビノイド系は、学習と記憶、痛みの知覚、免疫機能など多くの重要な体の機能を調節している。体の中で作られ、大麻に含まれるものとよく似た体内カンナビノイドと呼ばれる物質と、それに反応するカンナビノイド受容体(主に脳と胃腸全体に分布)で成り立っている。 CHSは、ストレス反応を調節する体の情報伝達システムである「視床下部・下垂体・副腎(HPA)軸」の不均衡に関係している可能性がある。 「脳の内因性カンナビノイド系は、そのストレス反応を制御します。ところが大麻の使用によって、それが大きく偏ってしまうのです」とアンドリューズ氏は指摘する。これによって、CHSの症状が引き起こされるのかもしれない。 遺伝的な要因も考えられる。CHS患者には、うつや不安障害が多くみられる。「しかし、どのタイミングで何が引き金になっているのかがわかりません」と、米ピッツバーグ大学医療センターの神経消化器学・運動機能センター長を務めるデビッド・レビンサル氏は言う。考えられるのは、睡眠不足や激しいストレスなどだ。 CHSに関連する症状のパターンは、「周期性嘔吐症候群(CVS)」に似ている。CVSは「脳腸相関」が関わる慢性疾患で、吐き気や嘔吐、または吐き気があるのに嘔吐できない「空吐き」が続く期間と、症状が全く出ない間欠期とを繰り返すのが特徴だ。 この2つの症候群の最大の違いは、CHSの場合、引き金が大麻の常用であるという点だ。「CHSはCVSの一種であり、単に引き金となるものが違うだけだという議論があります」と、レビンサル氏は言う。 分類法はどうであれ、CHSは「放置すれば合併症を引き起こす深刻な病気かもしれません」と、米イリノイ大学シカゴ校の内科・小児科の助教であるマリア・イザベル・アングロ氏は言う。重度の脱水症状や電解質の不均衡が起こり、それが腎臓障害、不整脈、てんかんなどの発作につながる場合がある。また、どんな原因であれ頻繁に嘔吐を繰り返すと、歯のエナメル質が侵食され、歯を失う恐れもある。