樹木の根がアスファルトよりも「強い」理由とは…わずか10センチ四方で700キロ分の力を生み出せる「驚きの理由」
A. 細胞が膨らむ力「膨圧」が原動力です
街路樹の根元の舗石が持ち上がっていたり、雑草がアスファルトの隙間を突き破って伸び出してきたりと、「植物って力持ちだな」と感じる場面に遭遇することがあります。そのことを理論的に理解されたいというご質問かと思います。 さて、根が太くなるときに組織を膨張させようとして働く力が、舗石を持ち上げるわけですが、ご質問では、そうした力が細胞分裂で細胞が増えるとき発生すると考えているように思います。 しかし、植物の細胞分裂の場合、細胞の中央に仕切りが入って元の半分の大きさの細胞が2つできるだけなので、細胞分裂それ自体では、組織の拡大とそれに伴う力の発生はありません。むしろ細胞分裂の結果、大きさが半減した細胞が再び成長し、大きさを回復して次の細胞分裂に備える過程で組織が拡大し、そのときに力が必要となります。つまり、組織を膨張させる力は、細胞分裂ではなく、細胞成長において働くと考えられます。 植物細胞の成長は、細胞内外の浸透圧の差に応じて細胞外から細胞内に水が流入し、細胞を膨らまそうとする力(膨圧)が発生することによります。浸透圧は、細胞膜のような半透性の膜をへだてて、溶けている物質の濃度が薄い方から濃い方へ水が移動しようとして生じる圧力です。 多くの場合、植物細胞のまわりの液は純水に近く、その浸透圧はほぼ0なのに対し、細胞内の浸透圧は、一般に数気圧あるので、外から細胞内に数気圧の力で水が流入し、細胞壁に同じだけの大きさの膨圧がかかります。 この膨圧が、植物細胞を成長させる原動力、ひいては舗石を動かす力となります。今、仮に細胞の浸透圧が7気圧(ユキノシタの表皮細胞など)の場合、1気圧はほぼ1kg/cm²に等しいので、膨圧は7kg/cm²となります。100cm²で700kgという非常に大きな力なので、街路樹の根が舗石を動かすのに十分な力を潜在的にもっているといえるでしょう。 ご質問にある、細胞骨格や染色体との関連ですが、先述のとおり、舗石を動かす力として細胞分裂に関わる細胞内の構造は無関係と考えられます。 ただ、圧力が細胞骨格や染色体に何らかの影響を与えないかという問題は別にあるでしょう。ご質問中の1g/mm²は、自然に存在する、先述で計算した膨圧値7kg/cm²=70g/mm²よりもはるかに小さいので、特別な影響はないと考えられます。ただし、間期の細胞の表層に存在する微小管の配列が、浸透圧や外部から与えた力によって変化することが最近報告されています。 なお、根が太くなる仕組みですが、根には先端部に根端分裂組織があるだけでなく、根の側面全体に沿って、維管束形成層とコルク形成層という分裂組織があります。前者は、いわゆる形成層のことで、木部(道管などを含む)と篩部(篩管などを含む)の細胞をつくり出しながら根を太くします。後者は、太くなった根の皮の部分をつくります。地上部の幹が太くなるのと同じ仕組みです。 『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』
日本植物生理学会