職場復帰後の「ワーママ」に異変…大手建設会社が訴えられた「マタハラ」に周囲が“ドン引き”したワケ
育児と選考漏れの因果関係はない
企業には企業秩序というものがあります。企業秩序とは、職場の調和や統制を図るためのルールのことです。 起業秩序は企業経営のために必要不可欠なものなので、使用者には企業秩序を宣明し、遵守させる権限があるとされており、具体的には就業規則の服務規律で定めることで企業秩序の浸透・維持をはかることが一般的です。 労働者が使用者と労働契約を結ぶことによって生じる義務は、第一義的には「労働義務」そのものです。しかし、組織の一員として働く以上、その組織(企業)のルールを守る義務も生じます。(富士重工業事件|最高裁三小昭判52.12.13)。 したがって労働者も企業秩序を守る必要があるわけですが、この解釈は人によって異なるものです。 今回の事例ではAさんは自身の選考結果についてマタハラではないかと考えましたが、その根拠の一つは就業規則でも定められた「妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの禁止」に該当するのではないかというものでした。 しかし、落選はあくまでも公平に行われた結果であり、育児をしているという事情との因果関係はありません。また、残業を断るなどの行為も企業秩序を乱す行いです。 労働者側に理由があっても、法にのっとって適切に残業ができる要件が整えられている場合は、著しく不当なものでない限り従わなくてはなりません。 Y社はAさんの事情に配慮したことで残業をさせず、業務負担も軽くしていましたが、そのしわ寄せが他の社員に向かったことで、結果的にAさんが孤立する状況になっています。 これは誰にとっても望ましいものではなく、Y社としても対応を根本的に見直す必要がありました。今後は育児をしている人だけに配慮するのではなく、「誰もが事情を抱えている」ことをきちんと啓蒙していく必要があると人事部は今年から多様性に関する研修を始めています。
多様性の時代に求められる「ビジネススキル」
Aさんに限らず、労働者にはみなそれぞれ事情や制約があります。 育児だけではなく、ビジネスケアラーという介護をしながら就労する人も、自身が闘病しながら就労する人もおり、今や制約のない労働者は存在しません。 全ての社員が選考を勝ち抜いた社員のように公私の両立ができる環境が整った社会の実現が求められますが、現時点では個人が就労しやすい環境を自助努力で整えられるか否かによってパフォーマンスが影響する部分が大きいのが現状です。 だからこそ、企業秩序を守ることに加えて、周囲への配慮ができる人材は貴重です。 Aさんについても、勤務態度以外の部分で仕事でチームに貢献する、残業ができないとしても納期を守る、守れないことが予測される場合はあらかじめそのことを周囲に説明して理解を得るなどの配慮があれば、顰蹙を買うまでには至らなかったのではないかと思われます。 そのような点を含めて組織で働くということの意味を今一度問い直すことも、今やビジネススキルのひとつとして求められると言えそうです。 * 村井真子さんの連載<「会社のカネ」で出世したい…職場復帰後「マタハラ」を訴えた“モンスター社員”の「仰天行動」残業は断固拒否、仕事も手伝わない>はこちらからどうぞ。
村井 真子(社会保険労務士)