「AIはまだ、本当の意味での創作はできていないと思う」…漫画家「大暮維人」が今の思いを語る「AIにできなくて、漫画家にできること」
作家・大暮維人の変化 技術ではなく解釈の時代
――先ほどの「個性」についてですが、大暮維人として大切にしていることはありますか? 大暮 昔は技術さえ磨いていれば作家として長生き出来ると思っていました。それこそ「絵」が自分の一番の個性だったかもしれません。でも今は、解釈の時代なんだろうなと感じています。 ――解釈の時代というのは、どのような意味でしょうか? 大暮 インプットとアウトプットの隙間に「個性」を挟んでギアチェンジしていくというのは今も昔も同じですけど、そのギアのあげ方だったりバイアスの掛け方により、強い「自分」というのが必要になっているんじゃないかと。年齢を重ねて中身も変化していますから、同じインプット情報でも20代と今では全く別のものが見えているし、揺り動かされる感情の場所も違ってたりします。 30年も同じ仕事をしてきた今の自分、この年齢の自分にしかできない表現方法というものが必ずあるはずなんですよね。 それを個性としてうまく漫画に表出できるかどうかは結局、自分の中の解釈力にかかってるんじゃないのかなぁと。 ――そのように考えるきっかけはありましたか? 大暮 自分の中にある危機感だったと思います。今は漫画自体のレベルが上がり、さらにはAIも参入してきています。その中で続けていくためには、技術だけに頼っていては生き残れない時代に入ったと感じました。そこから“技術ではなく解釈”にシフトチェンジしなくちゃなって。
今作の課題は読者とのコミュニケーション
――お話しいただいた変化について、これまでの作品と今作では意識の違いなどはありますか? 大暮 これまでの作品は全てテーマを決めて描いていました。『天上天下』なら「強さ」。インパクトの瞬間の見せ方やパワー重量の表現を。『エア・ギア』なら「空気」。風やスピード感といった目に見えないものをどうやって伝えるかとか。でも今回はそういうテクニカルなテーマではなく、“読者とのコミュニケーション”が一番大事かなって考えています。可処分時間をどれだけ振り分けてもらえるか。頂けたその時間をいかに楽しんでもらえるか。そのための解釈であり、対話なんでしょうね。 ――どのようにして読者とのコミュニケーションを取ろうと考えていますか? 大暮 漫画を描いていると誰かの声を聞いているわけでもないのに、勝手に伝わってくる空気みたいなものがあって、なんとなく読者がどう受け取っているのかがわかるみたいなことがあったんですよ。勘というか、言うなれば僕の思い込みみたいなものです(笑)。でも今回は、作品を媒介として読者との対話ができればいいなって。 作品を媒介としてというと、SNSを通してだとか、データを読み込んで傾向と対策を練ることをイメージしがちだと思いますが、それでは後追いになってしまって正直間に合わない。その頃にはもうとっくに、原稿描き終わっちゃってますからね(笑)。そうではなく、作業の中で誰が何を求めているのかを先読みしていく。今までは技術的な向上に振り分けていたエネルギーを、原稿の向こう側に向けていければ。 それがいかに難しいことかはわかっていますが、読者との対話というか、言い換えれば時代との対話とも言えるのかな…。結局、僕自身も今この時代を生きているので、その自分の心と常に対話をし、自分が本当に描きたいものか、今描くべきものかを確かめ続けていくことが、同じ時代を生きる読者とのコミュニケーションになったらいいな……うーん、なんだか自分でも意味不明になってきた(汗)。 ――AIにはできない読者とのコミュニケーションがやはり大切になるんですね。 大暮 今までの僕は“自分の心の中”のようなものはあまり出せていなかったのかもしれないです。今思えば無意識に出すのを嫌がっていた部分もありました。ただ今回はそれを出さなきゃいけない。技術や知識ではなくて、漫画というのは結局、作家の中身なんだと思うので。