甲子園の海に沈んだ巨大テーマパーク跡はまるで古代遺跡 神秘的な炎ゆらめく「和ろうそく」も名物【大東駿介の発見!てくてく学】
俳優の大東駿介さんが、関西の街を歩きながら魅力を学ぶ「発見!てくてく学」。 今回は兵庫県西宮市の甲子園エリアを訪れました。 ■【動画】甲子園の海に沈んだ巨大テーマパーク跡は“遺跡” 炎ゆらめく「和ろうそく」も名物【大東駿介てくてく学】
■野球関係者が必勝祈願 甲子園球場すぐの「すさのお神社」
甲子園球場のライトスタンド後方に位置する「すさのお神社」。 すさのおのみことは武勇に優れた神様でもあることから、いつしかプロ・アマ含めた野球関係者が必勝祈願でお参りにくるようになりました。 阪神タイガースの前監督・岡田彰布さんが揮ごうした「野球塚」もあります。 そして、こちらの神社では招き猫ならぬ「招き虎」を買うことができます。
■まるで古代遺跡 甲子園の海に眠る「巨大テーマパーク」跡
阪神甲子園球場の近くには、阪神電鉄が約100年前に開通させた「甲子園線」が、1975年まで走っていました。 なぜここに鉄道があったのか。甲子園エリアの歴史に詳しい武庫川女子大学名誉教授の丸山健夫さんに教えてもらいました。 【丸山健夫さん】「実はここ(甲子園浜)に90年前、日本一の遊園地がバアーとあったんです。戦争前です」 甲子園浜一帯には、阪神電鉄が運営する巨大なテーマーク(初代 阪神パーク)がありました。電気で動く飛行機のアトラクションや動物園、今で言うスーパー銭湯もあったそうです。水族館には和歌山から運んできたクジラも展示。広さは甲子園球場の約2.5倍で、「東洋一」とうたわれたテーマパークでした。
浜辺を歩くとテーマパークの面影を感じるものがあります。かつて海沿いの展望台があったところに、今も基礎が残っています。潮が引いている時は、まるで古代遺跡のような光景が現れ、90年前にあったテーマパークの名残りを感じることができます。 【大東駿介さん】「これはもう遺跡群ですよ」 巨大テーマパークは1943年、日本軍が飛行場を建設するために閉園。戦後は、周辺をアメリカ軍に接収され、新しい堤防が手前に築かれたため、パークの跡地の3分の1ほどが海に沈みました。
■神秘的なゆらめき 伝統守る「和ろうそく」のお店
甲子園からほど近い松本商店は、今では珍しい「和ろうそく」を作り続けています。 大東さんが惹きつけられたのは普通のロウソクとは違う炎のゆらめき。炎が躍るように動きます。松本商店の四代目・松本恭和さんによると、1本ずつ炎の揺らぎ方が変わるので、仏壇で使うと「仏さんが喜んではる」と感じる方もいるとのこと。 江戸時代に最盛期を迎えた和ろうそくですが、今では作っているお店が、全国で20軒ほどしかないそうです。 松本商店では、妻の富貴子さんと三女の真由華さんでろうそく作りを分担していて、絵付けを長女の紗矢香さんが担当しています。 天然のろうを、和紙でできた芯に塗り重ねていきます。ろうそくのメインとなる下掛けろうは低い温度でも溶けやすく、最後にコーティングする上掛けろうは、硬く溶けにくくなるという特徴があります。塗り重ねていくため、年輪のような空気の層ができ、この層によって不規則で表情豊かな炎が生まれるのです。 【松本恭和さん】「家を継いだ時、元銀行員だったので効率化とか頭にあった。そやけど、手間やからこそ炎の温かみが出てくる。お客さんが『ほっとした気分になれる』とか言ってくれる」 【大東駿介さん】「1本1本、手作業で作ってくれているという実感が、和ろうそくの魅力だと思います」 (関西テレビ「newsランナー 大東駿介の発見!てくてく学」 2024年12月19日 木曜日放送)
【関連記事】
- ■元日本一高いビル『あべのハルカス』 地上300メートルで見える「幻の通天閣」 地下に「2トンを10キロにする」日本初の設備【大東駿介てくてく学】
- ■兵庫なのに「大阪の市外局番」の尼崎 いつか世界の主流になるかもしれない『楽器』開発中【大東駿介てくてく学】
- ■「空中庭園」で外国人にも大人気の『梅田スカイビル』 “推し活の聖地”として注目 地下に秘密の“動物園”【大東駿介てくてく学】
- ■「限界ニュータウン」新築時2600万円が113万円 「だまされたとは思わないけど…」 “バブル期”開発 街から離れ病院も学校もなく
- ■中学教師が「セックス」指導 “コンドームの付け方実践”や“出産シーン鑑賞”に挑戦 先生セックス何回したことある?」なんて質問も