一気に55倍も……値上げ相次ぐアメリカの薬価 問われるのは企業倫理だけか
背景に米国特有の薬価の決まり方?
薬価高騰によって、アメリカでは多くの製薬会社が批判を浴びているが、これは製薬会社だけの問題ではない。 製薬会社と保険会社の間にPBM(薬剤給付管理会社)が入り、医薬品の価格を値引きするのが一般的だが、実際にどのくらいの値引きが行われているのかを消費者が知る術はない。PBMのような存在は日本にはないので少し説明が必要かもしれない。PBMは、より多くの医薬品を売りたい製薬会社の意向を受けて、各保険会社に対して薬価の値引き交渉を行い、売り上げに沿ったリベートが製薬会社からPBMに支払われる。 国による薬価基準制度がないアメリカでは、薬の価格を製薬会社が自由に引き上げることが可能だ。しかし、価格が上昇した薬は保険会社や保険プログラムから「推奨医薬品リスト(保険適用されるもの)」への掲載を敬遠されるため、保険会社と製薬会社との間にPBMが入る形で医薬品の値引き交渉を行うのだ。 推奨医薬品リストに掲載されていない薬は患者の全額負担となるため、売れ行きに期待はできない。製薬会社にとっては、PBM経由で価格を大幅にディスカウントして保険加入者に薬を選択してもらう方が利益を生み出せる。リベートの割合は売り上げの数パーセントから60パーセント以上までと幅が広く、1つの薬で3500億円以上の金額が発生したケースもある。 いわゆる「国民皆保険制度」が存在しないため、アメリカ(※)では、現在も5000万人近くが保険に全く加入していないと推測されており、処方せん薬を定価で購入しなければならない市民がそれと同じ数いる計算になる。国民の約8割は何らかの形で民間の保険や政府の保険プログラムに加入しているが、エピペンを含む数多くの医薬品の価格の大半は保険会社や政府系保険プログラムが負担している。長期的に見た場合、負担の増加がそのまま保険料の上昇を生み出し、回り回って最終的に消費者や納税者がより多くの負担を強いられるサイクルが続く。 安価なジェネリック薬品への期待も高まるが、FDAが新たなジェネリック薬品の製造を認可するのに要する時間は平均で50か月以上とされ、常に数千件の承認待ち申請がある状態だ。ダラブリムやエピペンの価格引き上げで注目を集めるアメリカ国内の薬価高騰は、企業の倫理感という単純な問題ではなく、雪だるま式に高騰を続けるアメリカの医療費をはじめとする医療制度そのものにメスを入れなければ、消費者も政府もやがては力尽きてしまう危険性を露呈している。 (※)…全国民を対象とした皆保険制度が存在しないアメリカだが、高齢者(メディアケア)や低所得者(メディケイド)、民間の医療保険に加入していない子どもを対象にした公的医療保険は存在する。
------------------------------ ■仲野博文(なかの・ひろふみ) ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う。ウェブサイト