一気に55倍も……値上げ相次ぐアメリカの薬価 問われるのは企業倫理だけか
「価格を自由に決めて何が悪い」
後述するが、アメリカのケースに目を向けると、原価が高騰したために、薬価価格がそのあおりを受けて高騰したというケースはあまり存在しない。2009年10月に定価124ドルであったエピペンは数度の値上げを経て、2014年11月には400ドルを突破。今年5月に発表された新価格は609ドルに達していた。マイラン社が製造・販売するエピペンの主成分となっている合成ステロイドホルモン剤のエピネフリンの製造コストは僅か数百円程度と考えられており、エピネフリンの製造コストが急上昇したという話も出ていない。しかし、エピペンでは競合相手の撤退や、特許が法律によって保護されているといった理由から、マイラン社による実質上の独占状態が続いている。 薬価高騰がアメリカ国内で大きなニュースとなったのは今回が初めてではない。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は昨年4月、高騰を続けるアメリカ国内の薬価に関する問題を取り上げ、1993年から2013年の間に多くの薬の価格が引き上げられ、とりわけ多発性硬化症の薬(3社から販売されているものを調査)にいたっては年平均で21~36パーセントの価格上昇が確認できたと伝えている。2001年に登場し、白血病や消化管間質腫瘍の患者が服用するがん治療薬の「グリベッグ」も、15年の間に価格が3倍以上に高騰している。
薬価高騰と製薬会社の倫理観が大きく問われたのが、昨年夏に元ヘッジファンドマネージャーのマーティン・シュクレリが特許の切れた医薬品「ダラプリム」の独占製造・販売権を獲得し、1錠あたりの価格を13ドルから750ドルに引き上げた件であった。ダラプリムは1953年にマラリア対策の薬として開発されたが、原虫感染症やトキソプラズマ症向けの医薬品はアメリカ国内で大きな販売シェアを維持することができず、ダラプリムの製造・販売権は過去に数回、別の企業に売却されていた。近年、ダラプリムを別の薬と一緒に服用することで、エイズ患者への効用が高いことが判明していたことから、シュクレリは自らが立ち上げた製薬会社を使ってダラプリムの販売・製造権を取得。一気に55倍となる値上げを強行した。 ダラプリムの1錠あたりの価格は、各国によって異なるが、アメリカよりもはるかに安く購入できることは間違いない。1錠あたりの価格は、イギリスでは約60円、オーストラリアでは約20円、ブラジルにいたっては約2円となっている。シュクレリは「価格を自由に決めて何が悪い」と主張。さらに自身の優雅な生活ぶりをSNSで連日発信し続けたことに多くの市民が憤り、「アメリカで一番の嫌われ者」という呼び名がつけられるようになった。10月になって別の製薬会社がダラブリムと同じ有効成分を使った併用療法を発表。こちらは1錠約99セントという価格になっており、ダラブリムの独占販売で一儲けしようと企てたシュクレリの思惑は大きく外れた。シュクレリは12月、証券取引法違反などの容疑でFBIに逮捕されている(容疑はダラブリムの価格引き上げに関係なく、まったくの別件)。