一気に55倍も……値上げ相次ぐアメリカの薬価 問われるのは企業倫理だけか
アメリカでは製薬会社による薬価の引き上げが相次いでいる。日本のようないわゆる「国民皆保険」制度がないアメリカでは、現役世代の多くは民間の医療保険に加入し、高齢者や低所得者ら向けには公的保険サービスが設けられている。製薬会社は「保険適用されるものを値上げするだけで、患者の経済的な負担にあまり影響はない」と主張するが、薬価の急激な上昇がアメリカの財政や保険会社の経営に重荷となり、結果的に納税者や民間保険加入者の負担が大きくなることが懸念されている。また、薬価高騰に比例して、製薬会社トップの給与も激増している実態が判明。製薬会社の倫理観や医療制度の意義が問われる事態に発展している。
価格は10倍、CEO給与は8倍にアップ
米医薬品メーカーのマイラン社が今年から、アナフィラキシーと呼ばれる急性アレルギー反応を起こした際に応急措置で使用する自己注射薬「エピペン」の定価を600ドルに引き上げたことが物議を醸し、一般の消費者だけではなく連邦議会議員までもがマイラン社を批判する事態に発展。マイラン社は8月半ばに患者の負担額を軽減させるためのプランを発表したが、複数の議員らから「対応が不十分」と批判が続き、先月29日に価格が約半分に下げられたジェネリック版を数週間以内に発売すると発表している。 蜂に刺された際や、食物アレルギーが原因となって発生するアナフィラキシーショックに対する緊急補助治療薬として販売されているエピペンは、アナフィラキシーを起こす可能性のある患者が購入し、普段は自宅などで保管されている。アナフィラキシーの症状が出た場合、太ももに自ら注射できるように作られており、注射器の中にはアドレナリンが入っている。補助治療薬という位置付けのため、エピペンによる応急措置で症状の悪化を防ぎ、そのまま病院に行くのが基本となっている。エピペンは日本でも販売されている(日本での輸入販売元はファイザー)。 エピペンは1970年代に米メリーランド州の軍用品メーカーで開発がスタートした。神経ガスなどに対応する解毒剤を開発していたメーカーの研究者が、アナフィラキシーに対する緊急補助薬としてエピペンの開発に携わった。1987年にFDA(米食品医薬品局)はエピペンの販売を認可。エピペンを開発したメーカーはのちに他の医療品メーカーと合併するが、合併したメーカーをドイツのメルク社の子会社が買収。2007年にマイランがメルクからエピペンの製造・販売権を獲得した。2007年にわずか60ドルだったエピペンは、10年もたたないうちに価格が10倍に上昇した。 エピペンの価格引き上げを巡る騒動では、マイラン社のヘザー・ブレシュCEOの給与が2007年から2015年の間に約8倍もアップしていたことが米メディアの報道によって判明している。NBCの報道によると、2007年に約250万ドルの報酬を得ていたブレシュ氏は、2015年に約1900万ドルを報酬として受け取っていた。マイランの創業者とブレシュ氏の父(マイランの創業地であるウエストバージニア州の知事を務め、現在は同州選出の上院議員)が旧知の仲であったため、ブレシュ氏は父の紹介でマイランに就職。社内で順調に出世街道を歩み、2011年にCEOに就任した。2014年にはフォーチュン誌が選ぶ「アメリカでもっとも力のあるビジネスウーマン50人」の1人にも選ばれたブレシュ氏だが、2008年にはウエストバージニア大学のエグゼクティブMBAコースを修了したとする経歴が詐称であったことがメディアによって暴かれている。