スポーツを腐敗させる「賭博」の罠(わな)―デジタル社会に広がる依存症の危険
スポーツの「高潔性」が問われている
問題は依存症だけにとどまらない。プロ選手として、ファンに対するイメージの低下は避けられないからだ。 米メディアの反応を見ていると、大谷には取材対応も含め、疑問点を指摘する報道が少なくない。豪快な投打の「二刀流」や、グラウンドを縦横無尽に駆け巡るプレーで野球の純粋な楽しみをファンに提供してきた大谷である。シーズンオフには日本のすべての小学校にグラブを贈り、競技の普及という点でも社会貢献した。それだけに一連の出来事は残念だ。 スポーツ界では近年、不正防止のために「インテグリティー」という言葉が盛んに使われ、「高潔性」と訳されることが多い。米国ではスポーツ賭博が合法化された2018年に「USインテグリティー」という組織が創設された。スポーツ賭博や八百長の不正監視を行い、疑惑が持ち上がると、職員らが関係者の調査に乗り出す。MLBやNBAなどのプロスポーツ団体もUSインテグリティーと契約を結び、不正がないか、常に目を光らせている。 日本でもスポーツ賭博を解禁し、スポーツ振興の費用に充てる案が自民党のスポーツ立国調査会や経済産業省の研究会などで浮上している。大阪ではカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致が決まり、ギャンブルが身近な存在になりつつある。だが、欧米の例を反面教師として、今後のあり方を慎重に考える時だ。巨額の利益ばかりに目を奪われていては、スポーツが最も大切にすべき、純粋さや健全さが損なわれてしまう。その罠に気づかなければならない。
【Profile】
滝口 隆司 毎日新聞論説委員(スポーツ担当)。1967年大阪府生まれ。90年に入社し、運動部記者として、4度の五輪取材を経験したほか、野球、サッカー、ラグビー、大相撲なども担当した。運動部編集委員、水戸支局長、大阪本社運動部長を経て現職。新聞での長期連載「五輪の哲人 大島鎌吉物語」で2014年度のミズノスポーツライター賞優秀賞。2021年秋より立教大学兼任講師として「スポーツとメディア」の講義を担当。著書に『情報爆発時代のスポーツメディア―報道の歴史から解く未来像』『スポーツ報道論 新聞記者が問うメディアの視点』(ともに創文企画)がある。