「Weird(奇妙)な時代」をどう切り抜けるのか。Modern Retail編集長ケイル・ワイスマンが語る、米小売業界が変革のためにするべきこと
ECの急成長に沸いたここ数年の小売業界。しかし、そのパンデミック特需がひと段落した今、盤石であるとされていた従来のビジネスモデルが大きく揺さぶられている。多くの企業・ブランドが、在庫管理の難しさや売上の伸び悩み、資金調達の困難さ、マーケティングコストの増大、D2Cモデルの限界といった課題を抱えているのだ。 特に、米小売業界は今年、「非常にWeird(奇妙)な状況だ」と指摘するのは、Modern Retail編集長のケイル・ワイスマンだ。「アメリカの経済は好調だが、2、3年前のような売れ行きが見られない。ターゲットのような大手企業でさえ投資戦略の見直しを迫られている」という。 「変革」が求められている企業やブランドは、どのようにして課題や最適解を見極め、生き残りを図るのか。そして、現在台頭しているリテールテックの数々はその変革を後押しすることができるのか。米小売業界の変化を長年に渡り追っている同氏に話を聞いた。 ケイル・ガスリー・ワイスマン(Cale Guthrie Weissman)/Modern Retail編集長。2008年にAmerican Village-NACELのアシスタントディレクターとしてキャリアをスタート。ハーバード大学バークマン・センターなどでリサーチアシスタントとして経験を積んだ後、2013年からPandoDaily、Business Insider、Fast Companyでリポーターや編集者として、技術、政治、文化に関する記事を執筆。2019年にDigiday Media publicationにジョインし、2020年4月から現職。フリーランスリポーターとしても活躍しており、The Sweethome、Mic.com、Atlas Obscura、Vice、The Daily Dotなどへの寄稿経験も豊富。 大きな転換点を迎えた小売業界 ──まずはアメリカの小売業を取り巻く現在の環境について聞きたい。コロナ禍を経て、大きな変化があったのではないか。 まさに、この数年間は小売業にとって浮き沈みが激しい激動の時期だった。コロナ禍が始まったばかりの頃はすべてのビジネスが悪影響を受けたが、その後は多くのブランドや小売企業はeコマースでの売り上げを急拡大させた。 その時期にサプライチェーンの寸断を経験したことから、多くの企業は在庫を多めに持つようになった。しかし、eコマースでの売れ行きが落ち着いてくると、次はそれを捌くのに苦労した。 また、2020年と2021年には、売れる商品も大きく様変わりした。家で過ごす時間が増えたため、家具やDIYなど関連企業はこの時期に大きく売り上げを伸ばしたが、今は需要が一巡し当時の勢いはない。 今年については、非常に奇妙な状況だと言える。アメリカ経済は数字の上では好調なのだが、2、3年前と同じような勢いで物が売れていない。ディスカウントストア大手のターゲット(Target)のようにこれまで絶好調だった企業もそう感じており、投資戦略を練り直すと言っている。 もう1つ注目すべき点は、ベンチャーキャピタルから小売企業に対する投資の減少だ。数年前は、多くのブランドにVCからの資金が流入していたが、潮目が変わってしまった。その結果、多くのブランドが資金不足のため事業を拡大していないか、多額の借入れによってそれを行なっている。また、破産を申請している企業も増えている。 状況は非常に混沌としており、小売業界は大きな転換点にある。小売企業は賭けに出たり、思い切った投資をしたりする資金的余裕がないなかで、慎重に戦略を練る必要がある。その一方で、多くの企業は事業規模を拡大させたいと考えている。それはつまり、収益性を向上させたいということだ。ビジネスを持続的なものにするためには収益性向上が欠かせない。 ──ブランドや小売企業はどんな課題に直面しているのか? 事業拡大のための最適解をいかに見つけるかが課題だ。ブランドは、進出する地域や、提携先の小売業者を慎重に選ぶ必要がある。オンライン販売についても、自社サイトだけでなくAmazonでも売るのか? というように、多くの人に買ってもらうため最善の方法を探っている。 また、マーケティングにどれくらいの予算をかけるのか、どこでそれを使うのか、という問題もある。オンラインで新規顧客を獲得するためのコストはこの1年ほどで増大している。ブランドはかなりシビアに費用対効果を見極めながら、マーケティングを行う必要がある。 「爆発的普及」に至っていないライブコマース ──トレンドとして注目されたライブコマースに関してはどう見ているのか? 私が2019年にModern Retailの編集部に入った頃、ライブコマースに関しては「果たしてアメリカでも普及するだろうか?」と議論されていたが、いまだに同じことが言われている。 中国でのように爆発的に普及し、誰もが使うようにはなっていない。確かに、以前よりは拡大しているが、利用しているのはごく一部の人だ。 とはいえ、この2年間でかなり成長し、今後も成長し続ける可能性を示しているプラットフォームもある。たとえば、TikTok Shopのライブショッピングは好調だ。先日も、キャンバスビューティー(Canvas Beauty)というブランドが6月8日に行った1回の配信で100万ドルの売上を達成したとニュースになっていた。 ファッションのリセール・プラットフォームであるポッシュマーク(Poshmark)も人気がある。この企業もライブショッピングに投資しており、小規模ながらも非常に熱心なコミュニティに支持されている。このように、ニッチごとに成功しているところはあるが、Amazonや小売大手を脅かすような、国民的なライブコマースのプラットフォームはない。 ちなみにAmazonも、ライブショッピングに参入しているが、芳しい成果は上げられていないようだ。結局のところ、商習慣や文化が全く異なる中国とアメリカの小売業を比較するのは適切ではないのかもしれない。 ──AmazonやTikTokなどのプラットフォームに対して小売企業はどのようなスタンスをとっているのか? 今は、ほとんどすべてのブランドや小売企業がこれらのプラットフォームを必要としている。2、3年前までは、Amazonに出店しているラグジュアリーブランドやハイエンドブランドは少なく、彼らにとってAmazonを利用すべきかどうかは大きな検討事項だった。だが今ではかなりの数のブランドがAmazonを利用している。 多くの買い物客がいるプラットフォームは利用するべきだと、皆気づき始めているのだ。ブランドや企業はAmazonに出店したりTikTokを試したりしている。TikTok Shopで販売していなくても、マーケティングに使っている。 そして、大多数の企業がこれまで長いあいだ、メタ(Meta)社のプラットフォームに広告を出してきた。さまざまな理由から、メタと距離を置きたい、同社に払う広告費を減らしたい、と考える企業も多い。それでも、オンラインマーケティングに関しては今もメタがもっとも支配的な地位にいる。 このように小売企業は、プラットフォームの活用を重視しつつ、どれか1つに依存しすぎないようにしている。広告を出すにせよ、販売チャンネルとして使うにせよ、多様なプラットフォームを試し、様子を見ながら次の一手を打とうしている。 D2Cブランドの「次の一手」 ──次はD2Cについて。コロナ前は日本でもオンラインで商品を販売するD2Cスタートアップがたくさん生まれていたが、今は翳りを見せている。 アメリカでも似たような状況で、コロナの直前から数年間続いたかつての勢いはなくなった。理由のひとつは先ほど話したように、資金調達の問題だ。ベンチャーキャピタルは数年前までD2Cブランドに熱い期待を寄せ、多額の投資をしていた。しかし今は投資家の関心が薄れてしまった。 医療従事者向けアパレルのフィグス(FIGS)やフットウェアのオールバーズ、アイウェアのワービー・パーカーなど、D2Cブームをけん引していた企業のいくつかは株式市場に上場したが、そのほとんどは苦戦している。マットレスブランドのキャスパー(Casper)も株式公開後に売り上げが頭打ちとなり、プライベートエクイティ企業に買収された。 こうしたなか、D2Cブランドは戦略の練り直しを迫られている。いまや自社サイトだけで商品を販売している企業は少ない。それだけでは限界があると証明されたのだ。ほとんどの企業は、大手小売店で商品を流通させたり、実店舗を開いたりするなどして、販売チャンネルを増やしている。また、ヒット商品に頼るだけではなく、多様な商品を扱うようになっている。 以前のような話題性や、資金調達力がなくなった今、多くの企業は3~5年前とはまったく異なる方法で市場に参入し、成長している。今うまくいっているのは、最適な販売チャンネルを見つけ、販売網を拡大し、品揃えを拡充するなど、さまざまな取り組みを同時並行で進めている企業だ。 アジア特有の小売環境に注目 ──日本の小売業や市場について、興味を持っていることは? また、アジアの小売業や小売テクノロジーについてどう見ているか。 日本の小売企業では、MUJIやユニクロはもちろん、ダイソーなどの100円ショップがアメリカに進出してきている。日本の企業が海外でどのように展開しているのか、また、彼らが日本で学んだ教訓を国際市場でどう活かしているのかどうか、見ていきたいと思う。 もっと広くアジアに目を向けるなら、人々がどんなアプリを使っているのかに興味がある。友人とおしゃべりしながら買い物ができるなど、多彩な機能があるアプリが人気だが、アメリカではこういう機能はなかなか普及しない。 アジア独特のモール文化も面白い。シンガポールや香港のような大都市のショッピングモールは、人々が集うための場所として人気があり、とても活気がある。もっとも興味深い小売環境のひとつだ。 ユニクロのチェックアウトはほかに類を見ない技術 ──リテールテクノロジーに関しては、Amazonの例があるようにアメリカが世界をリードしているが、最近は注目している技術は? 商品の仕分けや入出庫の自動化など、倉庫管理やフルフィルメントの分野で興味深い技術がたくさんある。AIに関しては、eコマースでの商品説明の自動作成に使われることが一般的になってきているし、顧客サポートのチャットボットも精度が上がってきている。 リアル店舗での自動チェックアウトは、予想されていたほど成功を収めていない。Amazonはレジなし精算システム「Just Walk Out」を自社が展開する食料品スーパーで広く導入しようと考えていたが、最近になってそれを見合わせると言い出した。また、セルフレジも不人気で、有人会計に戻す店も増えている。 そんななか、ユニクロのセルフチェックアウトはスムーズで使いやすいと評判だ。すべての服を箱に入れるだけで、自動的に精算されるような技術は、アメリカではほかに見られない。私自身も今まで使ったチェックアウトの中で最高のものだと思っているし、ユニクロでの買い物が大好きだ(笑)。日本企業であるユニクロは本当に素晴らしい仕事をしていると言いたい。 ──それはDIGIDAY JAPAN読者にも伝えなければ! 最後にメッセージなどあればぜひ。 いま小売業は激しく変化している。ジャーナリストとしてそれを追うのはとてもエキサイティングだ。経済が堅調だと言われているアメリカでさえも、ものを売るのは簡単ではない。非常に奇妙な時代で、今後状況がどう変化していくか興味は尽きない。 (聞き手:遠藤祐子、執筆:野澤朋代)
編集部
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