三宅唱監督『夜明けのすべて』インタビュー。「恋愛」ではない人同士のつながり、ふたりを見守る人々
瀬尾まいこの同名小説を原作とした三宅唱監督の最新作『夜明けのすべて』が、2月9日から公開される。朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で共演したSixTONESの松村北斗、上白石萌音が主演を務める本作では、重いPMS(月経前症候群)を抱える藤沢さんと、パニック障害を持つ山添くんが同じ職場で働きながら、次第にお互いのことを知り、つながっていく様子が描かれる。第74回ベルリン国際映画祭【フォーラム部門】に正式出品が決定し、世界からも注目を集めている。 【動画】『夜明けのすべて』予告編 三宅監督は「ふたりが魅力的で、そして恋愛で解決する話ではないのがいい」と企画当初から考えていたという。大きなドラマこそないが、観た人の心をたしかに揺さぶるこの作品に秘められたものとはなんなのか。作家の鈴木みのりが、三宅監督へのインタビューを通じて綴る。
大きなドラマは起こらない。だけどたしかに画面のなかで何かが起きている
雨の降る駅前で、月に一度のPMS(月経前症候群)で苦しむひとりの女性の姿。主人公のひとり藤沢さん(上白石萌音)のモノローグから始まるこの映画は、ドラマティックに思える様子と比して、藤沢さんを演じる上白石さんの声と共通して、とても淡々としている。 大きなドラマは起こらない。事件もなければ、恋愛の揺れ動きや駆け引きもない。だけどまったく飽きない。それはとても人が魅力的だからだ、と観終えてから思った。 もうひとりの主人公・山添くん(松村北斗)はパニック障害を抱えている。藤沢さんも山添くんもーーこの映画の人々は、身近な誰かのように親しみが持てるから、こう敬称付きで呼びたくなるーー、それぞれ元いた会社を辞め、町工場のような「栗田科学」に勤めている。 このように、社会的に排除されやすいマイノリティである要素があれば、わかりやすい悲しみや喜びのドラマに仕立て上げられかねないところ、この映画はふたりや、ふたりと周囲の人々の交流、そして生活をただ描写していく。そういう映画だ。 2021年度後期の朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)で恋仲と夫婦を演じたふたりで、いまとても注目されている若手の俳優が主演と聞くと、もっと派手なドラマを期待する人もいるかもしれない。しかしこの映画は地味だ。だけどたしかに画面のなかで何かが起きている。 「電車に乗れず家と会社の往復しかできない人(山添くん)と、人に会っていろいろ動くのはどうしても躊躇してしまう人(藤沢さん)の世界なので、その時点で行動範囲が狭い。ただ、いままでの監督作品でもやってきたことですが、たとえば、ある人がフっと見る、振り返る、ただ手を伸ばすだけでも、さも大事件が起きたかのようにドキドキできたりワクワクできたりするのも映画の面白さだと思うんです。これまでの経験から学んだものを駆使しつつ、普段の生活なら見過ごしてしまいそうな小さな物語を、どうすれば映画体験として「新鮮かつめちゃ面白いもの」にできるか? というのは工夫しました」 自然主義的に撮られた映画の密度は、抜け感があるのに気になる要素が常にあるが、それはハラハラドキドキするような緊張感ではない。 「若い男女の俳優が主演」イコール「恋愛もの」となる映画の企画があふれているなかで、この映画が一切そういう要素を含んでいないところに、わたしはとても安心感を覚えた。