宇宙飛行士にして医学者、古川聡さんに聞いた「地球生活で活かせる宇宙の知見」と「『医師が宇宙飛行士』の利点」
<現役最年長のJAXA宇宙飛行士かつ最新の宇宙からの帰還者である古川聡さん。ISSでの仕事や生活について報告した11月9日の「JAXAシンポジウム2024」や、これまでの独自インタビューを通して、「ユニークな宇宙飛行士」古川さんの言葉と人柄を紹介する>
JAXA宇宙飛行士は、本年10月に認定された米田あゆさん、諏訪理さんを含めて、歴代で13人となりました。古川聡さん、星出彰彦さん、油井亀美也さん、大西卓哉さん、金井宣茂さんと新認定された2人、計7人が現役です。【茜 灯里(作家・科学ジャーナリスト/博士[理学]・獣医師)】 【動画】無重力でシンクロ? 国際宇宙ステーションで行われた「もう一つのオリンピック」 みなさんは、宇宙飛行士と言えば、どんな人物像を思い描くでしょうか。 宇宙でどんなトラブルがあっても圧倒的なリーダーシップでみんなを引っ張る「カリスマ」でしょうか。それとも、閉鎖空間での集団生活でも場を和ませる明るい「ムードメーカー」でしょうか。 筆者はこれまでに、宇宙飛行士と記者会見で対面したり、直接インタビューしたりする機会を何度か得ています。彼らはいずれも、宇宙に対する夢と希望、地球人類のために率先して宇宙開発を行う責任感を強く持つ、応援したくなるような魅力的な人物です。そしてもちろん、それぞれに異なる個性があります。 今年の3月にISS(国際宇宙ステーション)の長期滞在を終えた古川さんは、現役最年長のJAXA宇宙飛行士かつ最新の宇宙からの帰還者です。筆者は取材を通して、古川さんに「こつこつと勤勉で、周囲を温かく見守り、科学的発見には少年のような満面の笑みを浮かべる大学教授のような人」という印象を持っています。 ただ、とても控えめな人なので、記者会見では「損をしているな」と感じてしまうこともあります。それを裏付けるように、関係者から「古川さんは本当に謙虚」「もっと自己主張をすればいいのに」と心配する声が聞こえてくることも少なくありません。 古川さんは、11月に5年ぶりにホールで対面開催となった「JAXAシンポジウム2024」で、ISS長期滞在中の仕事や生活について報告しました。そのときの様子やこれまでの独自インタビューなどを通して、古川さんの言葉と人柄を紹介します。
<「大学の先生みたい」と感じる理由>
「宇宙での体験を自分の言葉で人類に伝える」ことは、宇宙飛行士に求められる重要な資質です。 筆者が「古川さんはJAXA宇宙飛行士の中でもユニークで、とりわけ大学の先生みたいだ」と感じる点の1つに、「データや先行研究で得られた根拠を多用しながら、宇宙での体験を一般の人に対してもできる限り科学的に正確に伝えようとすること」があります。 たとえば、古川さんはISS滞在中や帰還後のリハビリでの身体変化について、自身のX(旧ツイッター)で克明に発信しています。「JAXAシンポジウム2024」の中では、宇宙で身体測定した経験をこのように語りました。 「宇宙で身体がどう変化したか、サイズを測って比べました。ふくらはぎが2センチほど細くなって、ふとももは2~3センチ細くなり、ウエストは5センチ以上細くなりました。上腕は変わりませんでした。体液が下から上にシフトするためと言われています。身長も測ったところ、1センチほど伸びていました。背骨の間の椎間板が押されていたのが伸びるためと言われています」 宇宙から帰還後、6月に日本で帰国記者会見を開いたときには「着水して船上に回収され、ハッチが開いたときには、頭を動かさないようにした」と語りました。わざわざ「頭を動かさないように」という言葉を強調していたため、筆者が「着水時に衝撃があったのですか」と尋ねたところ、 「着水時の衝撃とは直接関係ありません。長時間、無重力で生活していたので、耳の奥にある内耳(バランスを司る器官)が無重力に完全に適応しています。その状態で地上の重力環境に帰ってきたことによる影響です。 頭を動かさないようにというのは、前回の飛行の時の経験からきています。カザフスタンの着陸地に当時のJAXAの副理事長がお迎えに来てくださいました。予備知識がない状態で、『副理事長ありがとうございます』と頭を下げてお礼をした瞬間、ウッと気持ち悪くなって『首を動かしたらいけないんだ』ということに気づきました。副理事長が『いいから君はふんぞり返っていなさい』とおっしゃったので、『申し訳ありません』と頭を静かにしていくと楽になりました。 その知識があったので、今回も『頭を動かしてはいけない』というのがあって、宇宙飛行の仲間にも伝えました。『とくにピッチ方向(首を上下させる方向)に動かすと気持ち悪くなるよ』と話していて、彼らも注意してくれたようで、それがうまく働いたようです」 と話してくれました。宇宙滞在経験のない私たちにも「宇宙の科学」を意識させてくれる古川さんらしい回答だなと思いました。