「地震で命を落とす確率」は算出できる…災害が頻発する地域の住民はわかっている「自然災害の本当のリスク」
■保険会社は「予想不可能なリスク」にどう対応するのか 保険は昔からある仕組みであり、さまざまなリスクに対して、それぞれ異なる補償を提供する。生命保険は十分に予想可能な生存率に基づいている。一方、主要な自然災害は予想不可能なので、保険会社はそのような災害に関連したリスクを、自ら保険を掛けることで分かち合う。 そのため、スイス・リーやドイツのミュンヘン再保険とハノーヴァー再保険、フランスのSCOR、アメリカのバークシャー・ハサウェイ、イギリスのロイズといった世界有数の再保険会社は、正しい判断を下すことに会社の存続そのものがかかっているので、自然災害をこの上ないほど入念に調べている。これらの企業は、保険金支払いによる損失が増えるのを防ぐために、将来のリスクを過小評価するような時代後れの数値に基づいて保険料を決めるわけにはいかない。 ■災害による「経済的損失」が急増している理由 ミュンヘン再保険が記録した自然災害の総数は、当然見込まれるとおり年ごとに変動してはいるものの、上昇傾向は見逃しようがない。年間の頻度は、1950~80年はゆっくりした増加、80~2005年には倍増、2005~19年は約60パーセント増となっている(※65)。大災害から生じる例外的な負担を反映する経済的損失の総額は、それに輪をかけて大きな毎年の変動と、さらに急激な上昇傾向を示している。 2019年のドルの価値に換算すると、1990年以前の記録は約1000億ドルだったのに対して、2011年には過去最高の3500億ドル強に達し、17年もそれに迫る勢いだった。全体の損失のうち、保険が掛かっているものはおおむね30~50パーセントの幅で推移してきた。そして、17年には1500億ドルに迫った。 1980年代までは、災害被害者の増加は主に、人口増加と経済成長の結果として曝露が多くなったことに帰せられた。この傾向は持続しており、災害に見舞われやすい地域に、以前より多くの人が暮らし、以前よりも多くの資産に保険を掛けているが、過去数十年間には、自然災害そのものが変化してきた。以前よりも温度の高い大気には、含まれる水蒸気も多く、極端な降水の可能性が高まっている一方で、旱魃が長引いて、並外れて長く続く猛烈な火災が繰り返し起こる地域もある。 こうした傾向がさらに強まることを予想するモデルも今や多くあるが、立ち入り禁止区域を定めたり、湿地帯を復活させたりすることから、適切な建築法規を施行することまで、その影響を和らげるために取れる、多くの効果的な措置も知られている。 原注 60:西海岸の地震の危険に関する優れた概括については、以下を参照のこと。R. S. Yeats, Living with Earthquakes in California (Corvallis, OR: Oregon State University Press, 2001)[邦訳『多発する地震と社会安全 カリフォルニアにみる予防と対策』(太田陽子/吾妻崇訳、古今書院、2009年)]. 西海岸の地震の、太平洋の反対側への影響については、以下を参照のこと。B. F. Atwater, The Orphan Tsunami of 1700 (Seattle, WA: University of Washington Press, 2005). 61:E. Agee and L. Taylor, “Historical analysis of U.S. tornado fatalities (1808-2017): Population, science, and technology,” Weather, Climate and Society 11 (2019), pp.355-368. 62:R. J. Samuels, 3.11: Disaster and Change in Japan (Ithaca, NY: Cornell University Press, 2013)[邦訳『3.11 震災は日本を変えたのか』(プレシ南日子/廣内かおり/藤井良江訳、英治出版、2016年)].; V. Santiago-Fandino et al., eds., The 2011 Japan Earthquake and Tsunami: Reconstruction and Restoration, Insights and Assessment after 5 Years (Berlin: Springer, 2018). 63:E. N. Rappaport, “Fatalities in the United States from Atlantic tropical cyclones: New data and interpretation,” Bulletin of American Meteorological Society 1014 (March 2014), pp.341-346. 64:National Weather Service, “How dangerous is lightning?” (accessed 2020), https://www.weather.gov/safety/lightning-odds; R. L. Holle et al., “Seasonal, monthly, and weekly distributions of NLDN and GLD360 cloud-to-ground lightning,” Monthly Weather Review 144 (2016), pp.2855-2870. 65:Munich Re, Topics. Annual Review: Natural Catastrophes 2002 (Munich: Munich Re, 2003); P. Low, “Tropical cyclones cause highest losses: Natural disasters of 2019 in figures,” Munich Re (January 2020), https://www.munichre.com/topics-online/en/climatechange-and-naturaldisasters/natural-disasters/natural-disasters-of-2019-in-figures-tropical-cyclones-causehighest-losses.html. ---------- バーツラフ・シュミル(ばーつらふ・しゅみる) マニトバ大学(カナダ)特別栄誉教授 エネルギー、環境変化、人口変動、食料生産、栄養、技術革新、リスクアセスメント、公共政策の分野で学際的研究に従事。カナダ王立協会(科学・芸術アカデミー)フェロー。2000年、米国科学振興協会より「科学技術の一般への普及」貢献賞を受賞。2010年、『フォーリン・ポリシー』誌により「世界の思想家トップ100」の1人に選出。2013年、カナダ勲章を受勲。2015年、そのエネルギー研究に対してOPEC研究賞が授与される。日本政府主導で技術イノベーションによる気候変動対策を協議する「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」運営委員会メンバー。 ----------
マニトバ大学(カナダ)特別栄誉教授 バーツラフ・シュミル