なぜイスラエルは攻撃を拡大させるのか?...「いつか予想された戦い」と、1年で深めた「独自思考」
<攻撃拡大はガザからレバノンへ。戦線拡大を止めようとする国際社会の声が届かない背景にあるイスラエル独自の思想について>【曽我太一(ジャーナリスト)】
9月27日、イスラエルは親イランのイスラム教シーア派組織ヒズボラの最高指導者ナスララ師を殺害。その後、ヒズボラとの間でミサイルや空爆の応酬が激化し、ヒズボラが拠点を置くレバノンへの地上侵攻へと拡大している。 【動画】ヒズボラの精鋭部隊「ラドワン部隊」をイスラエル軍が攻撃したとされる映像(レバノン南部) なぜこのタイミングで、イスラム組織ハマスに対するパレスチナ自治区ガザへの攻撃からレバノンへと戦火が移ったのか。 実はイスラエルとヒズボラの衝突は「いずれは予想された戦い」だった。アラビア語で「神の党」を意味するヒズボラは1980年代、イスラエルのレバノン南部占領に抵抗する形で生まれた。 10万人の戦闘員を擁すると称し、「世界最強の非国家組織」と呼ばれる軍事力で、2006年の第2次レバノン戦争では、イスラエルに大きな被害を与えた。それ故、イスラエルは将来の衝突に備えて万全の態勢を整えてきた。その準備が結実した作戦の1つが9月中旬のポケットベル攻撃だった。通信機器に小型爆弾を仕込んで標的を暗殺するのはイスラエル情報機関の常套手段である。 その世界トップレベルとされるイスラエルの情報機関が昨年10月7日のハマスの攻撃を防げず、はるかに強大なヒズボラに対しては組織の奥深くに工作活動を仕掛けて、極めて洗練された攻撃を成功させたことは皮肉でもある。 一方、ヒズボラは今回、イスラエルとの全面衝突には前向きではないとみられている。故ナスララは「イスラエルは一線を超えた」と何度も非難しつつ、軍事施設を中心に攻撃するなど慎重な姿勢を見せてきた。 ヒズボラはレバノン国内では政党でもある。経済が危機的状況にあるなかで、イスラエルによる攻撃でインフラなどが破壊されれば、その負担は市民生活に重くのしかかり、そのため政治組織として市民の反発を招きかねないからだ。 イスラエル国内ではヒズボラからの攻撃によって避難を余儀なくされた北部住民約6万人の帰還が最重要課題となっており、国民の半数以上がヒズボラへの攻撃を後押ししている。 国内世論を背に、ヒズボラの足元を見たイスラエルは「伸びた草(=軍事力)」を刈り取る「草刈り」に乗り出した。ヒズボラの幹部は軒並み殺害され、ついにはガザでの停戦がなくてもイスラエルとの外交解決を望むという声明さえ出すに至る。 イスラエルは今回、ヒズボラに大きな打撃を与えることには成功するだろう。しかし、ガザ停戦を後回しにした代償として人質解放はさらに遠のき、市民の信頼は損なわれている。また、ハマス同様にヒズボラを殲滅させることはできない。これまでもハマスに対して「草刈り」が定期的に行われてきたが結局、「草」はいずれ伸びる。 「軍事力でイデオロギーを倒すことはできない。政治的な解決を示すしかない」とイスラエルの情報機関シンベトの元長官アミ・アヤロンが訴えるように、その証左こそが「10月7日」であった。 国際社会が再三の自制を求めるなかで、イスラエルはヒズボラとのエスカレーションに踏み切った。国境を越えレバノン南部で地上侵攻を進め、レバノンに駐留する国連レバノン暫定軍にすら攻撃を与えている。 しかし、国際社会からの強い非難の声はイスラエル国内には届かず、「もう誰もイスラエルを止められない」という諦めにも似た感覚すら広がっている。 イスラエルのリーダーたちがたびたび口にしてきた「自分たちは誰の助けがなくても、国を守る」という思想は、この1年間の戦争によってさらに増幅された。その独自の思想を深めるイスラエルと今後、どのように向き合っていくのか。まさに今、イスラエルと国際社会の関係は大きな分水嶺にある。
曽我太一(ジャーナリスト)