ブルース・スプリングスティーンが語る「アメリカン・ドリーム」の定義、エルヴィス、マイケル、プリンスへの想い
「アメリカン・ドリーム」の定義
―あなたの曲やステージやミュージック・ビデオにも、MTVでよく見られるようなセクシーなシーンがフィーチャーされていません。また楽屋にグルーピーをはべらせているようにも見えません。ロックの世界では極めて珍しいと思います。労働者階級の強い母親と2人の姉妹に囲まれて育ったせいでしょうか? BS:さあ、どうかな。最低限でも相手を敬う気持ちがあれば、そんなことをしようとは思わないだろう。ただ、性差別や人種差別が当たり前の世界で育った人間にとっては難しいかもしれない。ただ願わくは大人になって分別を持ち、陳腐な言い方だが、他人に対しては自分がして欲しいように接してもらいたい。 俺と妹の関係がそうだ。俺が13歳の時、母親が妊娠した。母親は俺にいろいろ教えてくれた。二人で一緒にソファに座ってテレビを見ていると、彼女はよく「ほら、触ってごらん」と言って自分のお腹に俺の手を持っていった。俺はそこに妹の存在を感じた。だから妹とは最初から深いつながりを感じているのさ。 妹が生まれた時は、人生で最も素晴らしい瞬間だった。「シーッ、赤ちゃんがいるから静かにしなさい」という感じで、しばらくは家の中の雰囲気が変わった。いつも妹を気にかけていて、彼女が泣き出すと、何かあったのかとすぐに駆けつけたものさ。彼女が1歳の頃、俺が見ている前で彼女がソファから転げ落ちて頭を打ってしまった。俺は「ああ大変だ、脳が損傷してしまった。俺の人生も終わった!」と思ったよ(笑)。その後、妹が5歳か6歳の頃、俺以外の家族はカリフォルニアへ引っ越した。それからしばらく妹とは離れて暮らしたが、彼女と久しぶりに会っても、まるで常に一緒にいたような感じがした。 幼い頃は自分が無力に感じて、周囲の世界が恐ろしく見えたものだ。どんなに狭くても、自分の暮らす家がとても広く感じた。両親も大きな存在だった。こういう感覚は、一生忘れないものだと思う。そして15、6歳になると、よりパワフルなものに憧れるようになる。この頃は、下品な音楽に惹かれやすい世代だと思う。若い頃は、自分の無力さをどこへぶつけていいかわからない。社会問題に取り組んだり、自分で何かを起こしたりする方法もわからない。俺がラッキーだったのは、ギターという存在のおかげで乗り越えられたことだ。自分は弱い人間だが、ギターを持つと少し勇気が湧いてくるんだ。おかげで人生に一線が引かれて、自制できるようになったと思う。弱さや無力感は、付け込まれて悪の道へ導かれやすい。 アメリカにおける問題の一つは、我々が「偏見の上に団結している」点だ。多くの場合、人々を結びつけるのは恐怖心だ。ある地域では、黒人に対する恐怖心から、白人が結束している。女性を見下す態度が男性の団結につながったり、時には女性が男性に対して同様の感情を持つかもしれない。政治家はそれらの感情を巧みに利用して、ロシアや何々主義に対する条件反射的な恐怖心へと転換するのだ。中でもアメリカの経済政策は、巧妙な人種差別だと言える。最も影響を受けるのは、経済の底辺にいる黒人たちだ。人々は、心の中では何が起きているか理解していると思う。俺は、はっきりとわかっている。口には出さないが、誰もが心のどこかにこのような卑劣さを持っていると思う。 状況はやや改善していると思うが、今回の大統領選でも、民主党候補のウォルター・モンデールは「弱虫だ」と非難する声が大きかった。こんな風潮が、今もアメリカのカルチャーに深く根付いているんだ。問題への対処、ごまかし、偽りを見抜く力、困難を切り抜ける力などを、俺はさまざまな形で自分の音楽にメッセージとして込めている。それはつまり何と言うか……。 ―逆らい難いもの? BS:そういうことだ。 ―35歳になったあなたを突き動かしているものは何でしょうか。 BS:俺はラッキーだった。裁判を経験して、俺は自分が音楽で生かされていると実感した。それから友人たちとの関係や、馴染の人々や土地への愛着も再認識できた。それらは全て、俺の人生に欠かせないものだ。テレビや車や家と引き換えに友人や愛着のあるものを手放すのは、アメリカン・ドリームとは言えない。そんなのはブービー賞に過ぎない。テレビや車や家を手に入れて「目標を達成した」と満足するのは、大間違いだ。そんなのは、自分の価値観や可能性と引き換えに手にする残念賞だ。目を覚まして、初志を貫徹すべきだ。そして、より高みを目指してほしい。 >>>前編はRolling Stone Japanのサイトに掲載中 ブルース・スプリングスティーンが語る『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』の真実 --- ブルース・スプリングスティーン 『ボーン・イン・ザ・U.S.A.(40周年記念ジャパン・エディション)』 2024年9月25日発売 『THE DIG Presents ブルース・スプリングスティーン』 2024年9月26日発売 五十嵐正・著 A5判 240ページ
Kurt Loder