じつは多い、定年後の人生で「大失敗する人」の意外な共通点
失われた敬老を求めて:思いやりの強制という発想を抜け出す視点
このように老後においてひとつずつ居場所をなくしていく人は多い。 そうした人にとっての最後の駆け込み寺が役所と病院となる。役所と病院であればどんな人でも拒めない。そして役所で「お前たちは俺の税金で生活しているんだろうが(納税額よりも受給額の方が多かったりするのは秘密だ)」と因縁をつけてみたり、名前の間違いなどのちょっとした問題を責め続けたりする。 ここでもう一度断っておくが、この章は高齢者批判の章ではない。 というよりここでの事例がすべて当てはまる人などいないだろう。しかし一度こうして戯曲化すると「こんな馬鹿なことはしないでおこう」と思えるのも確かである。 本題に戻る。 役所と病院では一応は自分の話を聞いてくれる人を見つけられる(実際には、公務員や医師といえども、こういう人の話は聞き流しているのだが)。しかし一番欲しいはずの配慮/思いやりは得られないままだ。 あるいは老後の居場所を創り出すために権力の座に固執する人もいる。社長を退いて会長になり、会長を退いて名誉会長になり、名誉会長を退いて相談役になり、相談役を退いて最高顧問になり、最高顧問を退いて名誉総裁になり……、突然社長に返り咲いたりする。相談役の人数が取締役の人数より多く、相談事が足りなくて取締役が困ったりする。 こういった人たちは自らの居場所を保持するために後継者を育てない。 もちろん形式的には次期社長を指名する。しかし後継者に肝心の事は教えないし株も渡さない。形式的な次期社長は常に相談役や名誉○○のお歴々の顔色をうかがうようになる。こうして大御所に対してはヒラメのように目を向けるが市場や社会に目を向けない、やがて衰退するジリ貧「ヒラメの大群型組織」の出来上がりだ。 権力を手放さない人たちは権力を手にしているだけ恵まれていると思われるかもしれない。しかし意外とそうでもない。 まず、後継者を育てられないと、そのうちに職務から降りたくなっても降りるに降りられなくなる。市場や社会を志向しない永続性が乏しい組織を作ってしまうことで、現役時代にせっかく築き上げた栄光が崩れ去るかもしれない。 権力の座にあった人でなくても、老後の居場所を欲して本末転倒な行動をとることがあるだろう。たとえば退職金を浪費してしまうのはその代表である。 退職金浪費型の人の典型的な行動は次のとおりだ。 まず定年退職祝い続きで何とも高揚した気分になる。それからしばらくすると一度に何千万円もの退職金が振り込まれる。お祝いの気分も持続しているので、まるで宝くじが当たったかのように感じる。同時に定年退職によって居場所を喪失したという感覚も出てくる。そこで狂ったようにお金を使って居場所を作り出す。 たとえば行きつけの居酒屋を作って毎日昼酒する。学生時代に聴いていた歌手の追っかけを始める。スポーツカーやキャンピングカーを買って全国をドライブしだす。親身になって話してくれるというだけで証券会社が勧める投資信託に手を出す、という具合だ。 老後をめぐる人生経営の失敗に共通する特徴の二つ目は、思いやりと居場所とを「奪い取るもの」だと勘違いしていることである。 思いやりと居場所とを闘争によって、権謀術数によって、浪費によって誰かから奪い取らないといけないと思い込んでいるからこそ衝突が起こる。 こうした衝突の数々がときに喜劇をときに悲劇をもたらす。 思いやりと居場所とが限りあるもので、誰からか奪うしかないならば、自分が奪われる側になることも当然ありうる。しかし、本当はそれらを創造することもできるはずだ。 たとえば、目の前の人を自分から思いやることのお返しとして相手からも配慮してもらえるかもしれない。そこから互いに思いやりあって居心地のいい居場所へと発展していくこともありうる。本書の紙幅の関係と私の経験不足からこれ以上は述べられないが、具体的な「思いやりと居場所の創造法」は無限にありうる。 人生を経営していく視点を持つことこそ、老後を幸せに過ごすための必須条件なのである。 ---------- 参考文献 楠木新『定年後:50歳からの生き方、終わり方』、中央公論新社、二〇一七年。 楠木新『定年準備:人生後半戦の助走と実践』、中央公論新社、二〇一八年。 Rowe, J. W., & Kahn, R. L.(1997). Successful aging. The Gerontologist, 37(4), 433-440. 坂本貴志『ほんとうの定年後:「小さな仕事」が日本社会を救う』、講談社、二〇二二年。 ---------- つづく「老後の人生を「成功する人」と「失敗する人」の意外な違い」では、なぜ定年後の人生で「大きな差」が出てしまうのか、なぜ老後の人生を幸せに過ごすには「経営思考」が必要なのか、深く掘り下げる。
岩尾 俊兵(慶應義塾大学商学部准教授)