「無実の人でも有罪になるリスクはある」冤罪を研究する弁護士が語る犯罪捜査の危険性とは
無実の証明をする上で最大のネックとは
――実際に無罪を勝ち取った経験もある立場から、弁護のプロセスで「無罪」と確証を得たとしても、それを証明し、覆すにあたってなにが一番の障壁となるのでしょうか。 西弁護士: 有罪の物的証拠がなにもない事件でも、被疑者・被告人を有罪視する捜査機関が事件関係者の取調べや事情聴取を行うことによって、どうしても有罪方向の見立てが押し付けられたり、誘導されていったりしてしまいます。そのようにして、物的証拠がなくとも供述証拠によって冤罪が生まれてしまう危険性があります。 聴取手続が可視化されていてどのようなやりとりがあったのかが分かることもありますが、日本の長時間取調べのもとではこうした取調べの分析も容易ではありません。 また、可視化されている取調べは全体の約3%と言われており、身体拘束されていない人の取調べや参考人の事情聴取、そして裁判のための証人テストなどは録音録画がされていないため、捜査機関による見立ての押し付けや誘導がやりたい放題の状況になっているという問題があります。 私がこれまで弁護してきた冤罪事件を振り返ると、捜査機関が証人に見立てを押し付けたり、証人が勘違いをしてしまった結果、証人が客観的事実とは違う内容を証言するようになったりして起訴されてしまったという事件だったなと思います。 人は誰でも間違えてしまいます。捜査機関も証人も例外ではありません。そのような誤りの連鎖によって無実の人でも有罪になるリスクがあるわけです。
冤罪の再発を防ぐために
――冤罪など二度と起こらないことが一番ですが、人がかかわる以上限界はあると思います。冤罪を研究する立場から、冤罪をなくすためにどのような取り組み、システムがあれば、“穴”を補完できるとお考えでしょうか。 西弁護士: 過去の冤罪事件の原因検証がなされない結果、同じような原因に基づいて冤罪が再生産されているという大きな問題があります。今回の袴田事件も、このまま証拠の捏造などに関する原因検証が行われなければ、また同じような冤罪事件が生まれてしまうでしょう。 これを解消するためには、きちんと過去の冤罪事件の原因を分析し、その教訓を将来の冤罪防止に役立てることが必要です。冤罪の救済のために再審法改正は必要不可欠ですが、それだけでなく、生じた冤罪事件の原因検証と再発予防のシステムづくりも必要だと思います。 ――海外で参考になりそうな事例としてはどのようなものがあるのでしょうか。 西弁護士: 台湾で2023年12月に法律が改正され、冤罪事件の賠償が決まった後、司法院は誤判の原因を分析するために必要な調査または研究を行うという条文が新設されました。 冤罪事件について単に補償したり誤りを批判して終わるのではなく、法的な制度のもとで冤罪となってしまった原因を追究することは、まさに「失敗から学ぶ」ことそのものであり、再発を防止するうえでも不可欠なプロセスで、画期的な仕組みといえるのではないでしょうか。 ――市民に向けても、冤罪をなくすためにできることがあれば、どんなことでもよいので助言いただけますか。 西弁護士: たとえば、逮捕報道がSNSで拡散されてしてしまうケースがあります。これは裁判官・裁判員の予断を形成するものでもあるため、実は一般市民も冤罪事件の発生に関与してしまうおそれは否定できないのです。「推定無罪」をわきまえて、慎重に情報を取り扱う必要があると思います。 また、冤罪学の「冤罪を学び、冤罪に学ぶ」という大きなテーマに、法律家だけでなく一般市民のみなさまも参加するようになってくると、法改正などを通じて冤罪防止につながるのではないかと思います。 新刊は、そうした「冤罪学」の知識を一般市民向けに分かりやすく書きおろした新書で、「なぜ人は間違えるのか」という観点から、生活に役立つ人間の失敗に関する知識が詰まっています。お手に取っていただけますと光栄です。 【西 愛礼(にし よしゆき)】 2014年一橋大学法学部卒業。 2016年裁判官任官、 千葉地方裁判所において刑事裁判に従事。2019年アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士 (弁護士職務経験)。2021年裁判官を退官、後藤・しんゆう法律事務所弁護士 (大阪弁護士会)。 プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件、角川五輪汚職事件・角川人質司法違憲訴訟などの弁護人を担当。 日本刑法学会、法と心理学会、イノセンスプロジェクト・ジャ パンに所属。 【著者論文 】 「冤罪の構図―プレサンス元社長冤罪事件 (1)~(4)」 季刊刑事弁護 111~114号 (現代人文社、2022~2023年)ほか。
弁護士JP編集部